スタントン(4)こずるいアントニー、人間味のあるキャシアス~ブラックフライアーズ劇場『ジュリアス・シーザー』

 昨日の『シーザーとクレオパトラ』に続き、ブラックフライアーズ劇場で『ジュリアス・シーザー』を見た。演出家が違うので美術や衣装プランなどはちょっと違い、多少ローマ風になっているのだが、シーザー(デイヴィッド・アンソニー・ルイス)は同じ役者が演じている。完全にレパートリー制なので、『シーザーとクレオパトラ』に出ていた役者たちが今日も出てきて違う役を演じており、昨日フタタティータを演じていたジョン・ハレルが主役のブルータスである。

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 男同士のややこしい人間関係を強調した政治劇で、特徴はアントニー(ジェフリー・ケント)がかなりこずるい一方、キャシアス(ブランドン・カーター)にかなり人間味があることだ。アントニーは大変すばしこい機転の利く政治家で、それはちょっと倫理的にどうかと思うことまで平気でやってのける。このプロダクションではシーザーの遺書はでっちあげだという解釈をとっており、アントニーがシーザーの死後、そこらへんに落ちていた紙を拾って遺書だと言ってもっともらしく読み上げるという、フェイクニュースそのまんまの演出がある。一方、陰謀家として描かれやすいキャシアスは比較的人間味のある男で、たしかにいろいろ画策はしているのだが、高潔すぎて決して付き合いやすいとは言えないブルータスのことはきょうだいとして本気で心配しているように見える。また、キャシアスがやせているのも私としてはポイントが高い(シーザーが、キャシアスがやせぎすでがつがつしているのを指して、もっと太っていて大らかな男をそばに置きたいというところがある)。シーザーもブルータスも演技の点では申し分なく、満足できる『ジュリアス・シーザー』だった。