台本に問題があるが、イヴ・ベストの演技のおかげで救われた~ヴォードヴィル劇場『つまらぬ女』(配信)

 Marquee TVの配信でオスカー・ワイルドの『つまらぬ女』を見た。ドミニク・ドロムグール演出で、2017年にヴォードヴィル劇場で上演されたものである。

www.marquee.tv

 お話はヴィクトリア朝の上流社会を舞台にしたメロドラマである。タイトルロールの「つまらぬ女」ことレイチェル・アーバスノット(イヴ・ベスト)は、息子のジェラルド(ハリー・リスター・スミス)がイリングワース卿(ドミニク・ローワン)の秘書に取り立てられたことを知るが、イリングワース卿は実はジェラルドの父親だった。レイチェルは自分を捨てたイリングワース卿に恨みがあるが、一方で息子には非嫡出子であるという事実を隠して育ててきたので、なかなかそのことを打ち明けられない。

 これはワイルドの喜劇の中ではあまり上演されない作品で、というのもワイルドの作品の中では台本のクオリティがあまりよろしくないからである。といってもつまらない芝居というわけではなく、女性の抑圧とか、性道徳のダブルスタンダードとか、人間関係において他の人の過去にこだわりすぎることの問題とか、現代にも通じるテーマをいろいろ扱っているし、見せ場もあるのだが、困ったことに第1幕から第2幕中盤くらいまでがものすごくダラダラしている。話の展開じたいに関係ある情報でそこまでに出てくるのはイリングワース卿が若いジェラルドを気に入って秘書にしようとしているということと、ジェラルドとアメリカから来たうぶで若いヘスター(クリスタル・クラーク)が恋をしているという2つだけだ。それ以外はパーティでの上流階級の人々の気の利いた会話が続くだけでサッパリ話が進まない。一方でレイチェルが出てきてからはやたら情報不足であまり背景の説明がないままけっこう早く話が進んでしまうので(レイチェルがどうやって父親のことを隠してジェラルドを育てたのかについてあまり情報開示がない)、全体的に話の進むペースがかなりおかしいように思われる。

 そういうわけで最初のほうはダラダラを我慢しないといけないし、後半はあんまり情報が開示されないまま進むのに我慢しないといけないのだが、そういう問題のある台本であることを考えると、この演出はかなりよくやっている。美しいカントリー・ハウスを再現したセットはきれいだし、とくに第4幕のアーバスノット家で大きな窓の外に藤が下がっている明るい部屋もなかなかよい。また役者陣の演技も悪くなく、みんな笑いのツボを心得ている。とくにレイチェル役のイヴ・ベストの演技が素晴らしい。とても人間味のある魅力的なキャラクターになっており、息子の父親であるイリングワース卿どころか息子のジェラルドすら自分の人間としての尊厳を理解していないと気付いた時の笑いと苦痛の表現がとても良かった。イリングワース卿の求婚を断るところのきっぱりした返事の仕方はメロドラマティックにならずにむしろ笑いを誘うようなもので、レイチェルが今では完全に自立した女性であることを示唆している。こういう演技を見ると、台本に問題があってもこの芝居はたまに上演されてもいいし、もっと見てみたいと思う。