そこ、狂乱してる暇なんかなくない?~メトロポリタンオペラ『ランメルモールのルチア』(配信、ネタバレあり)

 メトロポリタンオペラ『ランメルモールのルチア』を配信で見た。こちらもMETライブビューイングシリーズではなく、1982年の上演を撮影したものである。ウォルター・スコットの『ラマムアの花嫁』が原作だが、原作未読だしオペラも初めて見た。

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 舞台はスコットランドで19世紀半ばくらいという設定の演出のようで、着ているものとかはわりと豪華である。ヒロインであるルチア(ジョーン・サザランド)はエドガルド(アルフレッド・クラウス)と愛し合っているが、ルチアの兄エンリコ(パブロ・エルヴィラ)はエドガルドと敵対しており、一家のためアルトゥロとルチアを政略結婚させようとする。意に染まぬ結婚を強いられたルチアは新郎アルトゥロを殺害して狂死し、これを知ったエドガルドも自殺する。

 

 音楽的にはいろいろな工夫があり、ルチアが狂乱するところなどはとても劇的だ…というのはわかるのだが、あまりにも台本がご都合主義的というか大仰でかなりついていけなかった(そもそもスコットが大仰な話が好きな作家だからかもしれないが)。私はもともと女性が狂気に陥るところを見世物にするみたいな演出はあまり好きでは無いのだが、それでも『ハムレット』のオフィーリアとかは他にも複雑な話があり、さらに狂気に陥る筋道もはっきりしているので話としては破綻していないようには思っている。しかしながら『ランメルモールのルチア』は、ルチアが夫アルトゥーロを殺した時点でまだ恋人エドガルドは生きているので、たぶん狂乱なんかせずにエドガルドのところに駆けつけて、強要されたとは言え他の男と結婚して悪かったと謝り、そのまま駆け落ちすれば事態がわりと解決するのではないかと思うのである。愛する男のために身を挺して戦うのであれば狂乱してる暇なんかないはずだ。全体的にこの作品は台本がわりと緩く、そのせいでルチアはけっこう弱々しいというかあんまり奥行きのないヒロインに見えると思った。