帝国主義、ジェンダー、戦争~『ジョージ・オーウェル〜沈黙の声〜』

 下北沢駅前劇場で『ジョージ・オーウェル〜沈黙の声〜』を見てきた。鈴木アツト作・演出によるもので、第二次世界大戦中のオーウェルを描いた伝記物の芝居である。登場人物はかなり実在で、架空の人物にしてもモデルがいる。

 エリック・ブレアことジョージ・オーウェル(村岡哲至)は妻のアイリーンと2人暮らし(滝沢花野)で、あまり小説は売れず、批評を書いて暮らしていた。そんなオーウェルのところにBBCラジオのインド向け放送の仕事がくる。オーウェルBBCでインド出身のスタッフたちと働きながら小説に取り組むが…

 オーウェルの生涯の中でもかなり悩みが多く、不安な時期を描いており、こういう題材を扱ってきちんと飽きない芝居にしている台本については非常に感心した。BBCではインド出身のブーペン(伊藤大貴、モデルはいるが架空)やヴェニュ(山村茉梨乃、実在)が働いているのだが、イギリスによるインドの植民地支配とファシズムの脅威の間でインドの人々は大きな不安と不満を抱えており、ブーペンはとくにイギリスはインド独立を認める気がなく、日本がインドを解放してくれるのではないかと期待している。さらにBBCはインド向け放送をやってはいるものの、戦況に関する情報統制は受けているし、またインド出身のスタッフに対してはイギリスのスタッフに比べると冷遇している。そんな中でオーウェルも妥協を強いられ、倫理的にどうすればいいのかわからないような状況に陥ってしまうことも多い。

 本作では帝国主義は大きなテーマだが、一方でジェンダー関係のテーマもある。「マーレイ・コンスタンティン」なる覆面作家が書いた『鉤十字の夜』なる小説が出てきて、これはオーウェルの『1984』に先駆けた革新的なディストピアSFだったということなのだが、著者は実は女性のキャサリン・バーデキン(佐乃美千子)だった。バーデキンがブレア夫妻(ジョージ・オーウェルと妻のアイリーン)を訪ねてくるところは、会話の内容などは史実に基づいていないようなのだが(バーデキンじたいは実在)、オーウェルの作品における性差別の掘り下げ不足を突くような展開になっている。

 インド系の役柄についてはブラウンフェイスなどは一切なく、ヴェニュはサリーを着ているがブーペンはスーツである。ただ、ヴェニュとブーペンは他のキャラクターに比べると身振りが大きく、喜怒哀楽もはっきりしていて、文化的な違いを演技スタイルで表しているのかな…と思ってポストトークでちょっと質問してみたところ、やはりそうらしい。日本でやる時はなかなかインド系の役者を雇うのは難しいことも多いと思うので、これはやり方としては効果的だと思う。