映画としては面白いが、歴史的には不正確だと思う〜『英国総督 最後の家』(ネタバレあり)

 グリンダ・チャーダ監督最新作『英国総督 最後の家』を見た。英領インド最後の総督だったマウントバッテン卿を主人公に、インドとパキスタンの分離独立を描いた物語である。

 マウントバッテン卿(ヒュー・ボネヴィル)と妻のエドウィナ(ジリアン・アンダーソン)、娘のパメラ(リリー・虎ヴァース)がインドに到着するところから始まる。話の構成としては、この一家をめぐる南アジアの政情に関する交渉と、総督邸に仕えているヒンドゥー教徒ジート(マニーシュ・ダヤール)とムスリマのアーリア(フマー・クレイシー)のロマンスが並行して描かれるようになっており、雇い主と使用人、両方の物語が重視されている点ではボネヴィルが出ていた『ダウントン・アビー』に似た構成だ。

 建築物とか衣装とかはかなり時代考証をちゃんとしているようで壮観だし、出演者たちの演技は申し分ない。ヒュー・ボネヴィルは英領インドのために尽力するものの、結局うまくいかずに悩むマウントバッテン卿を上品に演じているし、ジリアン・アンダーソン演じるエドウィナも、夫から「妻のほうが政治家だ」と言われるのにふさわしい、活動的な女性だ。監督がシク教徒の一族出身のインド系イギリス人だというのもあるのか、ジートが結局、期待していたマウントバッテンに幻滅するという苦い展開があったり、ジートとアーリアのロマンスが細やかに描かれていて、インドの人々がただの添え物でないあたりも良かった。アーリアが女性上司と会話するところで早々にベクデル・テストはパスするし、女性同士のダイアローグもけっこうよく書けていると思う。映画としては大変面白いし、最後のクレジットで出るように、監督が自分の一族にかかわる物語であるインドとパキスタンの分離独立を大きなスケールで描きたかったというのはよくわかり、その点では成功している。

 ただ、歴史的にはけっこう正確でないところが多いと思う。イギリス政府の二枚舌外交のせいでインドの政情がメチャクチャになったというのはまあいい(っていうかそれはそうだろう)と思うのだが、その二枚舌外交ぶりを示すのに、チャーチルとジンナーの間に密約があって、総督であるはずのマウントバッテン卿すらそれを知らされていなかったというのはいくらなんでも陰謀論がすぎると思うし、映画の進み方としてもかなりイマイチだ。歴史家からかなり批判されているらしいし、さらに映画としてもこの描き方ではそれまで非常に有能だったマウントバッテン卿が突然バカになったみたいに見えてしまうので、お話の展開としてもあまりスムーズではない(たぶんこの映画は、マウントバッテン卿がバカだったという話を描きたいわけではないはずだ)。イギリスひどいというのは大いに結構だが、このあたりの政情についてはもっと細やかな描き方にすべきだっと思う。
 また、マウントバッテン卿夫妻の描き方もちょっと美化されている気がする。そもそもマウントバッテン卿はあんなにバランス感覚のある政治家だったのか…というのは疑わしいと思う。戦争の英雄でイギリスでは大変尊敬されていたが、どちらかというと剛胆な軍人タイプで(敵軍だった日本のことは最後まですごく嫌っていた)、映画に出てくるような地元の情勢をよく理解して各グループの利害を繊細に調整できる天性の政治家タイプではなかったのではと思う。史実ではマウントバッテン卿はこの後、アイルランドに滞在中にIRAに爆殺されているのだが、この映画に出てくるヒュー・ボネヴィルのマウントバッテン卿は大変用心深くて、セキュリティ上の不安があるところで休暇を過ごすようなタイプに見えない…また、妻のエドウィナが活動的で有能な女性だったのは本当らしいのだが、一方で呆れるほどモテて、ネルーとも不倫の噂があったらしい。そのへんは全部、この映画では省かれている。