デヴィッド・ルヴォー演出『ハムレット』を日生劇場で見てきた。
可動式の壁みたいなもので囲まれたセットなのだが、後ろにけっこう大きいプロジェクションを映せるようになっており、閉鎖感があるところも含めてちょっとロバート・アイクっぽい美術だな…と思った(テレビ画面があるわけではないのだが)。右上部分に生バンドが演奏できる上階のスタンドみたいなものがある(これはたぶんシェイクスピアの時代と同じである)。ピアノが出てきてそれが燃えたり、最後の殺陣はかなり動きがあったり、わりと視覚的に派手なこともやっている演出である。
ハムレットが市川染五郎(21歳)、ガートルードが柚香光(34歳)で、大変若い母子の話になっている。この2人だけ演技スタイルが他の現代劇の役者陣とちょっと違うのだが、これがポイントになっている上演である気がする。あまり宮廷のしきたりになじめているわけでもなく、若いうちにものすごく年上の男と結婚させられてあまりわけがわからないうちに母親になり、どうにか適応しているガートルードと、そういう若くて美しい母親に育てられたものの、女性ほど結婚の圧力がないのもあってとことん宮廷になじめない若者ハムレットのお話である。ハムレットについては、少なくとも私が見た回はけっこうセリフにきちんとした流れがあり、なかなか良かったと思うのだが、自分の家なのにエルシノアの宮廷ではなんとなくよそ者感がある。宮廷政治に適応しまくっているポローニアス(梶原善)は娘のオフィーリア(當真あみ)に比較的厳しく冷たく接しており、そういう中で居場所がないハムレットとオフィーリアが恋に落ちるのは必然であるわけだが、閉鎖的な環境なのでうまくいくわけもない。ホレイショー(横山賀三)はハムレットにとってヴィッテンベルクという外の世界の自由を象徴する存在だと思うので、ハムレットはしがらみのないホレイショーを気に入っている。
そういうわけで、若々しさに焦点をあてている点ではわりとまとまりのある上演ではあったと思うのだが、最後が全然いただけないと思った。私はフォーティンブラスを闖入者みたいにする演出はもともとあまり好きではないのだが、せっかく若さに焦点をあてた上演なのに、最後に若く血気盛んなフォーティンブラスが何もかもブチ壊しにする、というような演出は、ここまでいろいろと若さを掘り下げてきたのに、最後に若さのステレオタイプな暴力性をネガティブに強調するみたいになって非常につまらないと思った。ホレイショーだけああなるというのは、ホレイショーが宮廷の外の人間だからかもしれないが…