個人的にはイマイチ…『ピンク・クラウド』(ネタバレあり)

 イウリ・ジェルバーゼ監督『ピンク・クラウド』を見てきた。

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 舞台はおそらく現代ブラジルのどこかである。ジョヴァナ(ヘナタ・ジ・レリス)とヤーゴ(エドゥアルド・メンドンサ)は出会ったばかりで一夜を共にするが、突然、接触すると10秒で死ぬというピンクの雲が世界中に発生する。全世界がロックダウンに突入し、ほとんどお互いを知らないジョヴァナとヤーゴは、ジョヴァナの母が残した家で長期間一緒に暮らすことになる。

 SF的な設定のほうは全然詰められていない…というか、かなり緩くて、サバイバルSFみたいなところは一切ない。そんな状況でこんな食料生産やインフラ整備ができるのか…といろいろ疑問になるのだが、そのへんはさらっと流されてしまっている(製作は新型コロナ前だったそうで、新型コロナでの流通の混乱を経験したからリアルでないと思うのかもしれない)。そもそもピンクの雲は気体なので隙間から入りそうなものだが、家から出なければ大丈夫だという設定なのも緩いし、家から出なければOKなわりに外出用の防護服みたいなものが流通する気配もなく、科学的なところはツッコミどころ満載である。

 大きな主題はロックダウン下の人間関係である。ジョヴァナはヤーゴから子どもを作ろうと言われ、最初は嫌がっていたが、結局出産する。さらに、おそらくジョヴァナのかなり年下の妹と思われるジュリア(ヘレナ・ベケル)はお泊まり会の時に雲が出てきたのでそのままロックダウンに突入し、数年たつうちにその家の保護者だった友人の父親が他の女の子たちと子どもを作り始める。対面の医療支援が受けられない状況でこんなにたくさんの女性が自宅出産をしようとするというのがそもそも私にはピンとこないのだが(カトリックも多いブラジルの映画なので日本と文化的背景が違うのかもしれない)、この映画ではロックダウンは性別にかかわらず、人を平等に家庭に閉じ込めるのだが、そこでもジェンダーによる権力勾配が存在し、女性の人生が圧迫されるという展開になっている。その抑圧じたいはけっこう丁寧に描かれているのだが、正直なところ、救いが全くないので、あんまり見ていて面白いと思える映画ではない。SFというのは現実ではできない社会的な実験を見せてくれるところが面白みのひとつだと思うのだが、こういうSF設定でひたすら現実の権力勾配とその悪化をなぞるだけというのは、陰鬱すぎて私としてはそんなに面白いとは思わなかった。よくできた映画だし、こういう映画を高く評価する人はたくさんいるだろうが、完全に個人的な趣味として面白く思えなかった。