悪い政治家でもマテリアルガールの夢も見る~『ことばにない』後編

 宮崎玲奈作・演出によるムニの『ことばにない』後編をこまばアゴラ劇場で見てきた。前編は去年上演された。前編も長かったが、後編も4時間半ある超大作である。

 前編のお話の続きが必ずしもリアリズム的ではないわりと幻想的なタッチで綴られる。レズビアンを主題にしたお芝居の上演を断られてしまうとか、同棲している中でカップルがどうもうまくいかなくなってそこで男性側の身勝手さが露わになるとか、現実のお話はおおむねかなり現実にありそうなことを扱っている…のだが、むしろ面白いのはシュールな幻想の場面かもしれないと思う。 序盤の幻想的な場面はあまり明確に効いていないように思えるところも多少あったのだが、途中から調子が上がってきて面白くなる。最後のちょっとメタ的にこの物語じたいを審査員みたいな人たちが品定めし、物語とは何なのかという固定観念について話し合うところなどはかなりシュールで、レズビアン死亡症候群の話なども出てきていて諷刺が効いている。前編ほどびっくりするような刺激的な面白さはないように思うのだが、それでもかなり意欲的な作品だ。

 一番面白いと思ったのは、この作品ではいわゆる悪役であるジェネリック杉田水脈みたいな女性政治家の美由(田島冴香)の幻想シーンである。美由が海外視察で見たというショーガールのことを思い出し、マリリン・モンローの"Diamonds are a Girl's Best Friend"の真似をして踊る夢を見るところは、ものすごく憎たらしいキャラクターにも内面にのしかかる抑圧があるということをよく表していると思う。全体的にこの作品は『エンジェルス・イン・アメリカ』を下敷きにしていると思われ、美由はロイ・コーンにあたる役柄だと思うのだが、女性なのでコーンよりもはるかに抑圧されていおり、父親をはじめとする周りの男性に小突き回される毎日だ。いつも色味のないスーツを着てにこりともしない。おそらく美由も女性のほうが好きなのだろうと思うのだが人前ではそれを一切見せない。"Diamonds are a Girl's Best Friend"がマドンナの「マテリアルガール」とか『ムーラン・ルージュ』で使われていて、過剰な「女性らしさ」を武器にして男性を支配する女性のセクシュアリティをパロディっぽく表現する曲みたいな扱いになっていることを考えると、美由の心の中にはお堅いスーツは脱ぎ捨てて、ものすごく女性っぽい派手なドレスや靴で着飾ってダイアモンドをじゃらじゃら言わせながら自分を抑圧する男性を見返したいという気持ちがあるのだろうと思う。杉田水脈がひどいことばかり言っている今この作品を見ると非常に示唆的である一方、美由は今日本に現実にいるどの政治家よりもはるかに複雑で興味深い人物として描かれていて(それはまあ『エンジェルス・イン・アメリカ』のコーンもそうなのかもしれないが)、これこそが最後でも言及されている物語の力だな…と思った。