メチャクチャな展開がかえって新しい~『魔法使い』(配信)

 2023年度の国際ギルバート・アンド・サリヴァン祭『魔法使い』(The Sorcerer)を配信で見た。こちらはニュー・ロンドン・オペラ・グループによる上演である。『魔法使い』は初めて見る演目だったのだが、メチャクチャな展開ばかりのギルバート・アンド・サリヴァンの中でもとくにとんでもない感じの話である。

 のどかな村が舞台で、地元の上流階級の息子であるアレクシスとその恋人で同じく上流階級の娘であるアリーンの婚約を祝うべく、村人たちは楽しく準備をしている。ところがアレクシスは今風に言うと意識高い系バカ息子で、全人類は階級・年齢・財産などを超えて恋愛すべきだという理想に取りつかれ、ロンドンから怪しいコンサルみたいな魔法使いを呼んで、自分の婚約式に出席した村人全員に、眠ってしまって目覚めたときに見た異性と恋に落ちる媚薬を盛る(ただし既婚者には効かないらしいし、言及されていないが同性同士でも効かないようだ)。

 ドラッグを盛られた村人は目が覚めると階級とか年齢にかかわらず最初に目に入った相手と恋に落ちる。これを見たアレクシスはアリーンに愛を確かめるため媚薬を飲めと言い、断られるとすねてしまう。ところが寡夫であるアレクシスの父親が平民の寡婦と恋に落ちてしまい、階級を超える愛を訴えていたはずなのにアレクシスはなんとなく気に入らない。魔法使いは薬のせいで好きでもない相手に言い寄られ、アリーンも結局薬を飲んだせいで別の相手に恋してしまい、収拾がつかなくなって魔法を無効にしようということになるが、それにはアレクシスか魔法使いが悪霊に命を捧げないといけないといけなかった。さすがに後悔したアレクシスは自分の命をささげようとするが、結局みんなに言われて魔法使いがそうすることになる。魔法が解けてみんなもとに戻り、元の恋人たちが愛を取り戻して終わりとなる。

 

 最後はいやいや悪いのこのバカ息子アレクシスだろう、村人全員にやばい薬を盛っておいて無罪放免か…と思ってしまうが、この演出では最後にアレクシスがアリーンにそっぽを向かれており、まあそうなるよな…と思った。しかしながらしかしアレクシスは若くて美しい婚約者がいる上流階級の令息なのに、発想が現代のインセル活動家みたいなのは逆にちょっと面白い。なんでもアレクシスは労働者男性の会合に行って「キミらも上流階級の美女と結婚できるべきだ」みたいな演説をしてウケたらしいのだが、一方で恋の魔法にかかった父への態度からして階級が低い女性が上流の男性と結婚することについては考えがあまり至っていなかったみたいなので、どうも性差別的…というか男性のことしか考えていなかったっぽい。

 狂騒の20年代を舞台にした演出で、アリーンのヘアスタイルやドレスなどはかわいいし、笑うところもたくさんある。終わり方なども気が利いている。ただ、歌のクオリティについてはナショナルG&Sオペラカンパニーに比べると劣るなぁという気がした。また、録音がちょっとクリアでないところが多少あった気がする。