やさしさに向き合えるようになるまで~『アイアンクロー』(試写、ネタバレ)

 『アイアンクロー』を試写で見てきた。既に公式サイトに推薦コメントを書いているのだが、とりあえず簡単に感想を書いておこうと思う。

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 アメリカのプロレス界で有名な一家であるフォン・エリック一家を追った伝記ものである。父親のフリッツ(ホルト・マッキャラニー)は息子たちに厳しいプロレスの英才教育を行い、ケビン(ザック・エフロン)、デイヴィッド(ハリス・ディキンソン)、ケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)、マイク(スタンリー・シモンズ)は皆プロレス業界にかかわるようになる。ところが兄弟は次々と不幸に見舞われる。

 私は試写に行くまでのこの一家の名前を全くきいたことがなく、他の登場人物も一切名前も知らなかったのだが、それでもものすごく面白かった。もともと私はよく知らないスポーツとかビジネス業界を知らない人にもわかるようにわかりやすく描いた映画が好きなのだが(『PLAY! 勝つとか負けるとかは、どーでもよくて』とか『ラッシュ/プライドと友情』とか)、これもそういう映画で、プロレスを全く理解していなくてもわかるように作られている。ただ、たぶんプロレスがわかる人はもっと面白いのだろうと思う。

 全体的に兄弟がどんどん不幸になり(ビックリするほど不幸続きだが、これでも抑え気味にしているらしい)、その背景には厳しい父親が子どもたちに寄せる期待とプレッシャーがあり…ということで、私が勝手にGreat American Domestic Tragedy(「偉大なるアメリカの家庭悲劇」、アーサー・ミラーとかユージン・オニールとかオーガスト・ウィルソン)と呼んでいるタイプの非常にアメリカ的な作品である。フォン・エリック兄弟の間にはお互いを思いやる気持ちと強いライバル心の両方があるのだが、小さい時からプロレスその他のスポーツばかり仕込まれてきたフォン・エリック兄弟は、身体能力は高くてもそういう私生活の悩みに対応するだけの精神の余裕みたいなものがほとんどない。ガタイはそこそこいいがみんなそれぞれ少年がそのまま大人になったような性格である。

 その中でもとくに家族思いでやさしく真面目な主人公のケヴィンがいろいろ割りを食ってしまうという展開なのだが、ケヴィンを演じるザック・エフロンの演技がとにかくいい。筋トレしまくって体型まで変わっている凄まじい役作りだが、むしろ役者として凄いと思うのは体型の豹変ぶりよりも、自分の感情を正直に表現できないケヴィンの孤独や不器用さを控えめに表現しているところだ。ケヴィンは「強い」男性になることを子どもの時から父親に求められてきたせいで、自分のやさしさ、寂しさに向き合うことを許してもらえず、男は泣いたりわめいたりして感情を露わにしないものだという抑圧をずっと心に抱えて大人になった。そのためにケヴィンはあまり自分の気持ちを外に出さず、人のことを気遣っていろいろやろうとはしているのだが、そもそも自分の気持ちじたいをきちんと理解できていないフシがあるので気遣いも空回りしてしまったりする。妻パム(リリー・ジェームズ)と子どもたちのことを心配して、いきなりとても深刻な顔でうちは呪われてるから別れたほうがいいんじゃないかとか言い出すあたりは、そういうケヴィンの未熟で不器用な性格を表している。そんなケヴィンが最後にやっと家族の前で涙を見せて、自分のやさしさに向き合えるようになるところに非常に心を動かされた。

 なお、展開上大事なのかもしれないと思うのが、フォン・エリック兄弟は、すくなくとも最初のほうは全然モテないということである。とくにケヴィンはトレーニング以外はほとんど趣味もないような堅物で、ファンのパムが近づいてきてもろくに会話すらできず、パムにぐいぐい引っ張られて結婚する。私の偏見かもしれないが、プロレスラーなんていうのはモテるもんだと思っていた…ものの、フォン・エリック兄弟が全然女の子と付き合わないというのは、ひょっとしたらなかなかこの兄弟が他のド派手でアクの強いスタープロレスラーみたいになれないことに関連しているのかもしれない(ケリーのガールフレンドは最後に出てきたが、全然真面目に付き合っていない)。モテるモテない以前にこの兄弟はどうもソーシャルスキルが低く、あまり家族の他にお友達もいないみたいな感じすらするし、好かれたい相手に自分をアピールするのがあんまりうまくない。この中ではケヴィンだけが押しが強くてしっかりしたパムと結婚して、父親以外の家族を持つことができ、救われる…のだが、その点ではこの映画は、立派な女性の助けがないとなかなか男性は「男らしさ」の罠とでもいうべきものから逃れることができないというお話でもある。