女ハムレットの復讐~『マッドマックス:フュリオサ』

 『マッドマックス:フュリオサ』を見てきた。言わずと知れたジョージ・ミラーのマッドマックスシリーズの最新作である。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のプリークェルである。

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 お話は文明崩壊後、緑の場所に住んでいる幼いフュリオサ(アリーラ・ブラウン)がうっかりしていてバイカーホード(バイカーギャング的なもの)に誘拐されるところから始まる。母親のメリー・ジャバサ(チャーリー・フレイザー)が追跡するが、結局つかまってメリーはディメンタス(クリス・ヘムズワース)率いるバイカーホードに殺害されてしまう。フュリオサは一言も口をきかなくなるが、ディメンタスの養女として育てられることになる。やがてフュリオサは政略結婚を見据えてイモータン・ジョー(ラッキー・ヒューム)に譲り渡されるが、逃げ出して男装し(このへんで演じている役者がアニャ・テイラー=ジョイになる)、ウォー・リグの車隊の司令官であるジャック(トム・バーク)について車のことを学ぶ。

 フュリオサが『マッドマックス 怒りのデス・ロード』にたどり着くまでいかに苦労してきたかということを見せるもので、全編、女性の静かな怒りに満ちた復讐劇である。フュリオサは寡黙な女性で、小さい時は自ら口をきかなくなるくらいであまりセリフがないのだが、中に自分が受けた抑圧への怒りがふつふつとみなぎっており、耐えて復讐の準備をする。激しいカーアクションとか砂漠などのマッドマックスシリーズっぽい要素を削ぎ落とすと、パク・チャヌクあたりの映画に出てきてもおかしくないようなヒロインだ。機をうかがい、耐えながら母を殺した相手(義理の父に近い存在)に復讐するまでの話なのでちょっと『ハムレット』みたいな感じで、不機嫌そうになるほど魅力があるアニャ・テイラー=ジョイには是非『ハムレット』をやってほしいと思った(もちろんハムレット役で)。私は職業病で王子様とか王女様が親の復讐をする話に弱いので、当然大変面白かった。

 新しいキャラクターとしてディメンタス役のクリス・ヘムズワースも見ていて楽しい…というか、バイカーギャングの独裁的で残虐なトップのくせに妙に愛想がよくてスタイルにもこだわるところがあり、着ているものはヘアメタルのスターみたいだし、『華氏451度』に出てきそうな歩く辞書のヒストリーマン(ジョージ・シェフツォフ)を連れていて何かあるたびに知識をみんなに披露させていたり、複雑な美的センスがある。イモータン・ジョーなどに比べるとはるかにユーモアのセンスがあるのだが、政治家としてはそんなに秀でていないところもあり、部下たちが不満を募らせて暴れてしまい、その責任を他人になすりつけてごまかそうとするなど、わりといい加減である。なお、バイカーホードのまとまりがあんまりないのはけっこういいと思った…というか、正直バイカーギャングがそんなに一糸乱れぬ忠誠心で仕事をするとは思えないので、仲間割れの描写などはむしろリアルな気がした。

 そういうわけで非常に面白かったのだが、3箇所くらい気になったことがあった。ひとつめは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を見ていないとほとんど面白くないのでは…というところがけっこう多いところである。「ここがあの作品につながるのか」というところがたくさんある。2つめは既に言われているが、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に比べるとCGの映像が洗練されていないと思えるところがある。3つめは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に比べると全体的に暮らしぶりの描写の解像度が少々低いように思える…というか、男装している間フュリオサはどうやって生理を隠していたんだろうとか、子どものフュリオサが逃げた後にイモータン・ジョーは探させなかったんだろうかとか、いくつか見ていて疑問に思うところがあった。まあ『マッドマックス 怒りのデス・ロード』はアクション映画史上に残るよくできた作品なので、それに比べて見劣りするのはしょうがないとは言えるが…