サクセスストーリーではない伝記もの~『フェラーリ』(試写)

 マイケル・マン監督の新作『フェラーリ』を試写で見た。

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 フェラーリの創設者であるエンツォ・フェラーリアダム・ドライヴァー)の伝記もの…だが、扱っている時期はエンツォが既に中年になってからの1957年の1年間で、かなり短い期間を扱った作品である。息子のディーノが亡くなったばかりのエンツォは妻ラウラ(ペネロペ・クルス)との仲が非常に悪化しており、愛人のリナ(シェイリーン・ウッドリー)との間に生まれたピエロをラウラに隠して可愛がっていた。フェラーリのビジネスも暗礁に乗り上げ、レーシングドライバーの事故死など、なかなかエンツォの人生はうまく進まない。

 フェラーリを築き上げた男のお話にしては全然キラキラしたサクセスストーリー感が無い…というか、中年になって何もかもうまくいかない男を襲うトラブルを、一切ユーモアもなく真面目に描いた話である。とくにエンツォがけっこう冷たくかつ身勝手な性格で、あまり感情を露わにしないので、全体的に全く主人公には共感できない。ある種の尊敬を促す人物ではあるのだが、全然付き合いやすいとは思えないタイプである。さらにこの当時のエンツォ・フェラーリは60近いはずなのだが、まだ40歳くらいでしかもアメリカ人のアダム・ドライヴァーをこの役にキャスティングしてマッチしているのかな…と思うところがある。ぶっちゃけ若すぎてあんまりあっていない気もする。もっと年上でイタリア系で、疲れつつもギラギラしたところもあるおじさまキャラにマッチする役者がいるような気がするのだが…

 一方で妻のラウラは行動的でちょっと予測できなようなことをする情熱的な女性で、エンツォよりもだいぶ見ていて面白い人物である。息子を亡くした悲しみから完全に回復できておらず、夫の不倫に悩んでいる妻であり母ではあるのだが、一方でそれだけに留まらない奥行きのある描き方がなされており、夫と同じくらいビジネスの機微も理解している。ぶっ飛んだところがあるが有能で、仲が冷え切っているとはいえなかなかエンツォが別れられないのも納得という感じである。ラウラが動くところはレースの場面と同じくらいお話にダイナミックさを与えている。