前の公演に比べると良くない~言葉のアリア『ペリクリーズ』

 言葉のアリア『ペリクリーズ』を見てきた。佐々木雄太郎脚色・演出によるもので、1時間40分にコンパクトにまとめた上演である。前のプロダクションではメインに近い役柄の性別自体を変更していたが、このプロダクションでは役じたいの性別は変えていないもののペリクリーズ役を女優(青海アキ)が演じている。

 ただ、正直なところ、前の数回の公演に比べるとだいぶ面白みに欠けると思う。そもそもこの芝居はいろいろ台本に不明点があって何か抜けている可能性もあり、最初のほう(シェイクスピアではなく共作者のジョージ・ウィルキンズが書いたのではとも言われている)はダイジェストみたいな感じもするのでやりにくいのだが、そのあたりがわりと平板な感じなのはまあ仕方ないかもしれない。しかしながら途中でマリーナ(沖田桃果)が誘拐されて売春宿に売られるあたりは妙にコミカルになっていて、深刻な性暴力を扱うタッチとしてはちょっとどうかと思うくらい軽薄だ。また、細かいところだが、妊産婦や乳母がすごいハイヒールを履いているのも衣装のバランスとしてあまり良くないと思った。マリーナの台詞が叫びすぎではと思えるところや、そこで面白可笑しくする必要はあるかな…というところも少しあった。戯曲があまり扱いやすくないからだろうが、前の『から騒ぎ』などに比べるとだいぶ精彩に欠ける上演だったと思う。

笑いと怖さ~シェイクスピア・バイ・ザ・シー『リチャード三世』(配信)

 シェイクスピア・バイ・ザ・シーによる『リチャード三世』を配信で見た。2021年7月24日にサン・ペドロのポイント・ファーミン・パークで上演されたもので、ステファニー・コルトリンが演出している。

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 クロスの形に切り抜いたアーチがたくさんある教会堂風なセットで、野外上演なのでこのクロスの影が時間とともにいろんなところにちらつくようになっている。衣装やセットはオーソドックスな感じで、シンプルな上演である。リチャード(パトリック・ヴェスト)はわりと明るく陽気な感じである一方、マーガレット(ジェーン・ヒンク)はちゃんと怖くて、メリハリとスピード感のある上演だ。けっこう笑うところのある『リチャード三世』で、とくにクラレンス(アジム・リズク)のところに暗殺者たち(G・アンソニー・ジョゼフとブレンダン・ケイン)が差し向けられるところでは、すっかりリチャードを信じ切っているクラレンスに対して暗殺者たちが事実を明かすところがなかなかブラックユーモアに満ちている(ここは他のレビューでも褒められていて、かなり笑える)。一方でこの演出では若い王子たちが暗殺される、ふつうは舞台上でやらずにほのめかすだけのところをけっこうちゃんとやっており、ここはかなり陰惨だ。ここで小道具としてクマのぬいぐるみを使っているところも怖さが増していて良い。

 去年の初めは撮影がかなりイマイチだったり、映像が落ちたりしていたシェイクスピア・バイ・ザ・シーだが、だいぶ撮影は良くなっている。ただ、音響が改善しすぎたのか海風の音?らしいものを拾ってしまっているところがあった。また、撮影で凝りすぎて下斜めから撮っているのが多いのはちょっとくどいかもしれない。

字幕があるので大変わかりやすい~キエフバレエ『白鳥の湖』(配信)

 キエフバレエ『白鳥の湖』を配信で見た。ウクライナはもちろん戦争でひどい被害を受けているのだが、キエフバレエのダンサーは無事で夏に来日も予定しているそうだ。当たり前だが運営が大変なことになっているので、義援金も受け付けている。

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 非常にオーソドックスな演出で、セットや衣装も正統派だ。王子(ニキータ・スハルコフ)もオデット(アンナ・ムロムツェワ)も可愛らしく気品がある(ただ、私はこのバレエはいつ見ても王子がぼーっとしすぎていて大丈夫か…と思ってしまうのだが)。最後は王子がけっこうダイナミックにロットバルト(ヴィタリー・ネトルネンコ)と戦っており、王子がロットバルトの着物の一部をはがしてロットバルトがのたうち回るなど、わりとアクロバティックである。この演出は2人の愛が現世でロットバルトに打ち勝ち、恋人同士が優しく抱き合って終わりということで明るいハッピーエンドになっている。

 

 私の好みからするとちょっと正統派すぎるが、とても綺麗で初心者も楽しめるプロダクションだ(ただ、演奏はちょっと管楽器がきちんと揃ってないところもあったように思う)。初心者にとって非常にありがたいのは説明字幕がついていることである。幕の始まりにあらすじの説明がついているし、途中も話の転換点になると簡単に上で説明の字幕が入る。バレエは動きだけで話を理解しないといけないので、こうやって字幕が出るのは見慣れていない者には大変わかりやすい。

『白水社の本棚』にウィキペディアのことを書きました

 『白水社の本棚』2022年春号の「汗牛充棟だより」に今年のオンラインWikiGapのことを書きました。書誌情報は以下の通りです。

北村紗衣「汗牛充棟だより(5)ウィキペディアジェンダーウクライナ」『白水社の本棚』2022年春号、6-7。

食欲と嘔吐~『ハッチング―孵化―』(ネタバレあり)

 ハンナ・ベルイホルム監督によるフィンランドのホラー映画『ハッチング―孵化―』を見た。

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 主人公である12歳のティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は、ライフスタイル動画配信をやっている母(ソフィア・ヘイッキラ)の期待に応えようと、毎日体操の練習に精を出している。ある時、母が完璧な内装に整えている部屋の中に鳥が入ってきたことをきっかけに、ティンヤは森で鳥の卵を見つけ、それを温め始める。卵はどんどん大きくなり、ある日中から奇怪な野鳥っぽいクリーチャーが生まれてくる。ティンヤはこのグロテスクな野鳥にアッリと名付けて育てるが…

 うわべを取り繕うことばかり考えている母からの期待に応えようとしていた娘の押さえつけていた鬱屈がモンスターを育ててしまい…というのは『私ときどきレッサーパンダ』とかなり近い設定だが、この作品はかなりグロテスクで気味悪い方向性に突っ走っている。ヒロイン一家が住んでいる家とか、周りの景色とかは明るい間はとても綺麗なのだが、夜になると途端に不気味になり、ヒロインとアッリの関係を象徴しているようだ。母が浮気している相手のテロ(レイノ・ノルディン)が実は誰よりもティンヤのプレッシャーを理解してくれているらしいという捻った展開がポイントで(途中の母親の行動はものすごくぶっ飛んでいてビックリするが)、テロとその幼い娘にアッリが危害を加えそうになってしまうところから物語は最悪の破局に突き進むようになる。

 この作品はけっこうゲロ描写が多いのだが、単なるショック描写ではなく重要な意味があり、これはティンヤが体操選手でまだ小さな少女だということにかかわっていると思われる。ティンヤが食べたものを吐いてそれをアッリが食べるというのは鳥の習性を描いているわけだが、一方でティンヤがだんだん食欲を失ってやつれた感じになったり、アッリのためとはいえ鳥のエサをむさぼったりするあたりは、十代の女の子がかかる摂食障害、身体に対する違和感や不安への過激な反応としての拒食症や異食症の表現だと思う。体操選手というのは身体の訓練やコントロールが重要で、ティンヤはそうした身体的なプレッシャーに押し潰されそうになっている。そんなティンヤはあんまり食欲がなくなってしまうわけだが、テロの家でやっとリラックスして食べることができるようになる…ものの、それもアッリが台無しにしてしまい、バッドエンドに一直線となる。

クロエ・グレース・モレッツがモンスターをタコ殴りにするアクション映画~『シャドウ・イン・クラウド』(ネタバレあり)

 『シャドウ・イン・クラウド』を見てきた。

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 第二次世界大戦中、空軍の女性兵士であるモード(クロエ・グレース・モレッツ)が極秘任務ということでニュージーランドの基地から出発直前に爆撃機フールズ・エランド号に乗り込む。サモアまで運ぶ荷物があるということだったが、荒っぽい空軍の男性兵士たちはモードにセクハラ発言をするなど冷たく振る舞う。ところがフールズ・エランド号は化け物であるグレムリンと日本軍の両方に襲われる事態になり…

 途中まではいかにも男社会らしいイヤな感じに満ち満ちた軍隊で戦う女性を描いた戦争アクションかと思いきや、グレムリンが出てきてモンスターパニック映画になり、さらに荷物の中身が意外なものでサスペンスにも…という感じで、一本にいろんな娯楽要素を詰め込んだ作品である。序盤でモードに対する男たちのセクハラや狭い機内の閉塞的な感じをけっこうきちんと描いている一方、中盤以降はぶっ飛んだアクション映画になっている。全体的にいろんなジャンル映画の楽しみをこれでもかという感じでブチ混んでおり、そのため「そんなんあるわけねーだろ!」みたいなご都合主義的な展開や素っ頓狂な描写もけっこうあるのだが、そのへんは笑ってツッコミながら見られる感じだ。

 狭い場所の描き方や母性的な強さのあるヒロインのキャラなどは『エイリアン』の影響が強そうである。ここが良くも悪くも効いている…というか、全体的には楽しく見られるヒロインアクション映画でモードもとても面白いキャラなのだが、一方で「母は強し」みたいなよくあるタイプのお話に帰着してしまっており、そこはあまり新鮮味が無い。やっぱりこういう映画を作るとどうしても名作『エイリアン』の影響から逃れられないのかな…という気がする。まあ、モンスターをタコ殴りにするクロエ・グレース・モレッツが見られるだけで料金のもとはとれる気がするが…

 

 

その研究室のセキュリティなんとかしろ…『モービウス』(ネタバレあり)

 『モービウス』を見てきた。

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 主人公である医者のマイケル・モービウス(ジャレッド・レト)は幼い頃から血液の病に苦しんでいた。同じ病院で治療を受けていた親友でお金持ちのマイロ(マット・スミス)から支援を受け、マイケルは吸血コウモリを用いた危険な血清を開発する。自身で人体実験を行ったマイケルは、身体は強健になったものの血を必要とし、空腹だと凶暴になる体質に変わってしまう。

 兄弟同然のマイケルとマイロ、父親がわりのニコラス医師(ジャレッド・ハリス)の擬似家族的な関係がどんどん崩壊していく様子はまあまあ面白いところもあり、見ていて始終つまらない映画というわけではないのだが、かなり(あまり良くない意味で)ツッコミどころが満載の作品である。脚本はけっこう弱く、レトとスミスのキャラと演技が醸し出す濃厚なブロマンス風味でなんとか映画が保っているという感じだ。とにかく最初からあまりにもお話が定型的で、マイロが小児病院の外であうイジメとか、マイケルが人体実験するところとか、すいぶんと大げさである。モービウスの殺人がうやむやにされてしまうあたりや、ポストクレジットの無理矢理MCUにつながる展開もそれはそれはいい加減だ。一応全体的に『吸血鬼ノスフェラトゥ』のオマージュっぽいところがあり、映像の雰囲気はもちろん、モービウスが乗っている船は「ムルナウ」だし、最後のマルティーヌ(アドリア ・アルホナ)のくだりもおそらく意識していると思う。モービウスは最初はマッドサイエンティストっぽかったのだが、終盤はピンチになると吸血コウモリと仲良くできるディズニープリンセス的な何かに転職する。

 研究者的には、一番見ていてツッコミたくなったのは、モービウスのラボと患者の病室が近すぎるということである。何しろ担当患者の病室から中が見えるくらい近くにラボがある。モービウスのラボには吸血コウモリがいる上(あんなすぐ見えるところに吸血コウモリを飼っていて最初はマルティーヌに隠そうとしていたというのがまったく驚きだが)、いろんな精密機器、薬品などもあるはずで、子どもが入院しているところの近くにあってよいわけがない(転売狙いとかの泥棒はもちろん、入院している悪意のないイタズラっ子とかが入ってケガしたらどうするつもりだ…)。あんなセキュリティがヤバい研究室でノーベル賞レベルの業績が出るわけはないと思う。