食欲と嘔吐~『ハッチング―孵化―』(ネタバレあり)

 ハンナ・ベルイホルム監督によるフィンランドのホラー映画『ハッチング―孵化―』を見た。

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 主人公である12歳のティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は、ライフスタイル動画配信をやっている母(ソフィア・ヘイッキラ)の期待に応えようと、毎日体操の練習に精を出している。ある時、母が完璧な内装に整えている部屋の中に鳥が入ってきたことをきっかけに、ティンヤは森で鳥の卵を見つけ、それを温め始める。卵はどんどん大きくなり、ある日中から奇怪な野鳥っぽいクリーチャーが生まれてくる。ティンヤはこのグロテスクな野鳥にアッリと名付けて育てるが…

 うわべを取り繕うことばかり考えている母からの期待に応えようとしていた娘の押さえつけていた鬱屈がモンスターを育ててしまい…というのは『私ときどきレッサーパンダ』とかなり近い設定だが、この作品はかなりグロテスクで気味悪い方向性に突っ走っている。ヒロイン一家が住んでいる家とか、周りの景色とかは明るい間はとても綺麗なのだが、夜になると途端に不気味になり、ヒロインとアッリの関係を象徴しているようだ。母が浮気している相手のテロ(レイノ・ノルディン)が実は誰よりもティンヤのプレッシャーを理解してくれているらしいという捻った展開がポイントで(途中の母親の行動はものすごくぶっ飛んでいてビックリするが)、テロとその幼い娘にアッリが危害を加えそうになってしまうところから物語は最悪の破局に突き進むようになる。

 この作品はけっこうゲロ描写が多いのだが、単なるショック描写ではなく重要な意味があり、これはティンヤが体操選手でまだ小さな少女だということにかかわっていると思われる。ティンヤが食べたものを吐いてそれをアッリが食べるというのは鳥の習性を描いているわけだが、一方でティンヤがだんだん食欲を失ってやつれた感じになったり、アッリのためとはいえ鳥のエサをむさぼったりするあたりは、十代の女の子がかかる摂食障害、身体に対する違和感や不安への過激な反応としての拒食症や異食症の表現だと思う。体操選手というのは身体の訓練やコントロールが重要で、ティンヤはそうした身体的なプレッシャーに押し潰されそうになっている。そんなティンヤはあんまり食欲がなくなってしまうわけだが、テロの家でやっとリラックスして食べることができるようになる…ものの、それもアッリが台無しにしてしまい、バッドエンドに一直線となる。