イングリッシュナショナルオペラ『ドン・ジョヴァンニ』〜演奏や歌はいいけど、イマイチなところも多数

 イングリッシュナショナルオペラでモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』を見てきた。演出は『Dr. Dee』をやったルーファス・ノリス。学生スタンバイでかなり良い席をとれたせいで基本的には楽しめたのだが、イマイチなところも多数。

 セットをぐるぐる回転させて変化をつける演出も動きがあって良かったのだが、効果に疑問のある演出もたくさんあった。とりあえず、全体的なコンセプトが若干はっきりせず、「何を言いたいんだろう?」みたいなとこもいくつか。最初、ドン・ジョヴァンニがドンナ・アナを襲おうとするところでアナがドン・ジョヴァンニを引き留めるところかはなんか出入りがややごちゃごちゃしていて見苦しいのもあり、一瞬「あれ、ドンナ・アナってジョヴァンニに惚れてるんだっけ?」と混乱してしまった(もちろん、ドンナ・アナは襲ってきた相手がドン・ジョヴァンニだと知らない)。これは私の無知のせいかと思ったら、よくオペラに行く人でも混乱したようだ。やたらハート型の風船を並べたセットも最初のほうは見た目面白かったのだが、最後、ハート型風船がたくさんつるされたセットのど真ん中でテーブルも出さずにドン・ジョヴァンニがものすごい勢いで床に並べられたごはんを食べ、食物の一部をレポレロに投げつけるあたりの演出は何を言いたいんだかかなり不明だった。テーブルを出したほうが視覚的効果の点でも全然よかったと思うのだが。

 演奏や歌は悪くなかったのだが、ドンナ・アナ役の歌手がカゼで代役が出演していたため、慣れてないのかあまりオッタヴィオと息が合ってなくてよくなかったと思う。エルヴィーラとツェルリーナは良かった。ドン・ジョヴァンニは歌はいいんだけど色気が少なく、前にヘヴンで見たゲイ版『ドン・ジョヴァンニ』に出てたウェルシュナショナルオペラのダンカン・ロックのほうが邪悪な色気があってあちらのほうが断然よかったなぁと思う。大きいオペラハウスでこの演目を楽しめたのはよかったが、全体的に演出のクオリティは音響の悪いちっちゃいクラブだったヘヴンでの翻案上演の時のほうがずっと高かったかも。

 しかし、モーツァルトの迫力ある音楽がついているせいで、ドン・ジョヴァンニは人並外れた狡猾な人心掌握術を持った複雑でスケールの大きい悪党に見えるし、一見途方もない魅力のある主人公が実は殺人やら強姦やら結婚詐欺やら階級が下の者への傷害やらあらゆる悪事をやってそれでも人たらしの才能のおかげで逃げおおせている(女たちだけじゃなくレポレロみたいな男どももコロっと騙されちゃうし、分別も気品もあるはずのエルヴィーラがあそこまで惚れているというのはもうなんか薄気味悪いレベルのマインドコントロールだ)、というところがこのオペラの怖さなんだろうが、実際こういう男がいたら、たいていはこの間強姦未遂で逮捕されてツイッターアカウントをさらされたどこだかの男(ずいぶん話題になってたよね)みたいに軽薄で面白みのない男なんだろうなぁと思う。今ドン・ジョヴァンニなみに人たらしがうまい男がいたら、俗世間の女たらしじゃなく新興宗教の教祖とか政治団体のトップとかになっているというほうがありそうだと思う。