さかのぼるって何?文学や映画における、時間が過去から未来に直線的に進まない作品のタイプ分類

 第七回歴史コミュニケーション研究会に出席した。
 報告内容についてはこちらとかこちらで既に詳しい説明があがっているからいいとして、私が気になったのは第二部「さかのぼり世界史A」である。というのも、なんか普段文学や芝居、映画のナラティヴに触れている人にとっては「さかのぼり世界史」は本当はさかのぼってないんじゃないかという疑惑があり、実は初めての査読論文が小説をタイムラインに起こしてみるというものだった私にはなかなか気になるところで…と、いうわけで、独断と偏見で「時間が過去から未来に直線的に進まない作品のナラティヴ分類」を今後のためにやってみようと思う。こういう時系列の分析って読解テクニックとしてけっこう文学や映画の人は学校で習ったりふだんの経験で身につけたりするんだけど、いい参考文献見つからなかったので何も見ないで自分の手業で書いてるからちょっと不適切なところがあるかも…いい文献あったら誰かコメント欄で示唆してください。これが最も問題になるのは小説や芝居よりむしろ場面を編集でつなぐ映画で、とくにタランティーノのせいでこういう時系列をむちゃくちゃにする映画が1990年代以降やたら増えたと思うので、例としてはできるだけ映画をあげることにします。


イン・メディアス・レス
 物語の途中から始まり、いったん過去に戻って現在まできたあとその後かなりあとの時点まで続く。つまり順番はB→A→B→C。終わりの時点は物語が始まった時点より後になる。最も基本的な叙事詩の形式である。
例:『オデュッセイア』(叙事詩はこういうのが多い)
 『プレミアム・ラッシュ』(2012)…日本公開まだされてないと思うんだけど、これはイン・メディアス・レスの見本のようなアクション映画である。ジョゼフ・ゴードン=レヴィット主演。


○変則型イン・メディアス・レス
 開始の時点が時系列的には一番新しく、いったん戻って現在の時点まできて終了する。だいたい、「現在の時点まで戻った」と言ってもオチだけはその後あることが多いのでふつうのイン・メディアス・レスと区別するのが難しいのだが、便宜的にふつうのイン・メディアス・レスは叙事詩的に物語開始時点に戻ってからかなり展開が続くもの、変則型は現在に戻ってオチだけついて終わるもの、というふうに分けたい。つまり順番はB→A→B(→B'=オチ)
例:『サンセット大通り』(1950)→冒頭の時点(現在)で語り手は死亡しており、そこで過去に戻ってどうしてそうなったかという話が直線的に語られて現在まで戻ってくる。


○フラッシュバック使用型
 イン・メディアス・レスではなく、基本的に現在の時点で話が古いほう→新しいほうへと進行するが、フラッシュバックが作中に組み込まれており、たまに過去に戻る。フラッシュフォワードはほとんどない。超単純なものから複雑なものまでいっぱいある。
例:『ナビィの恋』(1999)→ちょっとした回想シーンがフラッシュバックで入っているという素直なもの。
ホビット 思いがけない冒険』(2012)→著者がいて昔のことを回想するという枠があるもの。これもかなりわかりやすい。
 『フライド・グリーン・トマト』(1991)→おばあさんが主人公に昔話をして主人公がそれにハマる、という現在のストーリーラインが進行する一方、おばあさんの昔話も作中で進行する。この部分がフラッシュバック。
 『市民ケーン』(1941)→フラッシュバックが何回かあって、それも必ずしも年代を追っているわけではない、という若干複雑な構成。
 『ベルベット・ゴールドマイン』(1998)→『市民ケーン』のオマージュだが、若干簡素かも。
 『ハングオーバー! 』(2009)→若干、変則的。イン・メディアス・レスと似ているが、話はどっちかというとA→C→Bみたいになる。
 『抱擁』(2002)→これは過去の話が現在からかなり独立して存在しているので後に出てくる並行型に入れてもいいのだが、少なくとも「現在」の時点があるので変則的なフラッシュバックとしたい。



フラッシュフォワード使用型
 フラッシュバックがほとんどなく、フラッシュフォワードのみ使用されるもの。つまり、視点は現在で基本、古いほう→新しいほうに話が進むが、たまに未来の場面が入ったりする。このカテゴリは大変少ない。
例:『イージー★ライダー』(1969)→これにフラッシュフォワードあったはずなのだが、私の大嫌いな映画なのでイマイチよく覚えてない…


○並行型
 時間軸の違う複数の話が並行して古いほうから新しいほうに進む。つまりA→B…とX→Y…が同時並行で存在する。これがフラッシュバックと違うのは、「現在」の視点が決められないことである。全ての話に同じ比重がかけられ、それぞれの話のつながりが一見わからないので、「現在」の視点が確実にあってそこから過去に話が戻るフラッシュバックとは違う。
例:『めぐりあう時間たち』(2002)
 『クラウド・アトラス』(2012)
 


○逆順
 視点が現在ではじまってひたすら過去にもどる、これが本当の「さかのぼり」。つまり話の順番はZ→Y→X…みたいになる。これも非常に少ない。
例:『ルイーズとケリー』(1986)


○時系列が一見不明のもの
 フラッシュバックやフラッシュフォワードを自由に駆使しており、場合によっては最初観客に何がフラッシュバックで何がフラッシュフォワードかも明かさないのでかなり複雑な構成になるもの。ひとつひとつの場面を時間軸に起こして分析する必要がある。
例:『パルプ・フィクション』(1994)→時間軸バラバラ映画を流行らせた張本人。ウィキペディアに時系列のまとめがある。こう考えると、タランティーノが最近歴史映画を作ってるのは当たり前かも…昔から歴史をぐちゃぐちゃにして叙述するっていうスタイルに関心があったんじゃないのかな?
 『エターナルサンシャイン』→注意して見てないと時間がわからなくなるが、すごく面白い作品。
 『(500)日のサマー』(2009)→これこそ最も時系列がバラバラな映画だと思うが、日付が出るという超親切設計なのでまったく混乱はしないはず。ジョゼフ・ゴードン=レヴィットが出てる。


 と、一応こういうふうに分類してみたのだが、最後のカテゴリはもっと洗練させて細分化できる気がするし、こういうタイプのものはどうする、とかこういう本が参考になる、とか、疑問や役に立つ情報をどんどんコメント欄に書き込んでください。で、「さかのぼり世界史」の話は「イン・メディアス・レス」とか単なるフラッシュバックの使用も「さかのぼり」と言ってる気がして、どうも私は解せなかった。さかのぼりっていうのは逆順ナラティヴであるべきでは?

 あと、とりあえず時系列をいじった映画をつくりたかったらジョゼフ・ゴードン=レヴィットを出すべき。ジョゼフが出た『Mysterious Skin/謎めいた肌』も『インセプション』も話が進む方向が直線的ではないけど面白い。