ロックスターよりおっさんがセクシーなことだってある〜『はじまりのうた』

 『ONCE ダブリンの街角で』の監督であるジョン・カーニーの新作『はじまりのうた』を見た。舞台はダブリンではないが、話はかなり前作に似ている。

 舞台は現代のニューヨーク。仕事をクビになって飲んだくれているアル中気味の音楽プロデューサー、ダン(マーク・ラファロ)は、ロックスターとして成功したボーイフレンド、デイヴ(アダム・レヴィーン)に裏切られてズタボロになりつつライヴハウスで歌っていた英国生まれのアマチュアシンガーソングライター、グレタ(キーラ・ナイトリィ)の才能に目をとめる。金欠のダンはニューヨークで街頭ゲリラ録音をしながらグレタのアルバムを作ることにする。ダンとグレタは仕事の上でも精神的にも深く信頼しあうようになるが、一方でやる気を取り戻したダンは離婚した妻ミリアム(キャサリン・キーナー)と娘のヴァイオレットと関係を修復し、他の女に走ったデイヴも後悔してグレタに戻ってきてほしいと頼みはじめ…

 全体的に「女性にとっては恋愛よりもクリエイティヴィティのほうが大事だ!」というような作りになっているところは大変良かった。例えばデイヴはグレタの才能を女だからとかバカにしないで純粋に尊敬しているし、結末はグレタもデイヴも二人とも頭からつま先まで自律的な芸術家であるということを示すものであると思う(著作権がどうなるのかは気になったが)。すっかりクサっていたヴァイオレットがギターを弾くことでやる気を取り戻す描き方もいい。しかしながら、やはり『ONCE ダブリンの街角で』に似すぎているところは気になった…登場人物も作りも実にそっくりで、斬新さには欠ける。

 しかしながらこの映画を見て一番びっくりしたのは、品の無い言い方で恐縮だが、あの霧の中から聞こえてくるみたいなやたらになまめかしい高音、つまりはエロ声で歌ってない時のアダム・レヴィーンは全然セクシーじゃないということである。いやだってアダム・レヴィーンなんて普段はこんなだぞ?!しかしながらこの映画に出てくるミュージシャンのデイヴは、とくに冒頭の部分なんかオーラ0で、歌いはじめないとアダム・レヴィーンだとわからないレベルに一般人である。それがだんだんロックスターっぽくなっていくあたりが面白くて、実にいい配役ではあるのだが、あのちっともセクシーじゃないアダム・レヴィーンは個人的に衝撃であった。我々はあの美声に騙されていたのである。一方で、飲んだくれて小汚いよれよれのオッサンであるマーク・ラファロのほうがこの映画でははるかにセクシー担当…といっては不適切かもしれないが、くたびれた生活感あふれる男の色気を発散している。ロックスターよりもおっさんのほうがセクシーだということも世の中には普通にあるのである。


 あと、この映画はベクデル・テストをパスしてると思う。グレタとヴァイオレットがパーティの後で会話してさよならを言う場面がある。