かなり野心的な演出~クロンボー城にてShakespeare Was There+『リチャード三世』野外上演

 クロンボー城では夏に野外シェイクスピア上演を行っており、今年は『リチャード三世』だった。こんな感じでお城を背景にして上演する。

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舞台はこんな感じ。後ろがクロンボー城。舞台上の金網の部分は回転する。

  本上演の前にShakespeare Was Thereというスタンダップコメディがあり、これは俳優のアダム・ブリクスがひとりで4役を演じる30分ほどの演目である。ブリクス演じるストラットフォード先生は、シェイクスピアクロンボー城を訪問したことがあると信じており、この論点についてアメリカのバークリー、ドイツのベルリン、フランスのパリから研究者を呼んで『ハムレット』の背景について議論するシンポジウムを開くという内容だ。このシンポジウムに出てくる学者全員をブリクスが演じるのだが、全員すごい訛りで話すかなりアクの強い研究者ばかりでいろいろと面白おかしい…一方、『ハムレット』とクロンボー城に関する背景知識についてはけっこうちゃんとお客さんに伝わる、という教育的なスタンダップコメディである。

 

 その後、ラース・ローマン・エンゲル(Lars Romann Engel)演出『リチャード三世』の上演が始まる。最初はリチャード三世(キャスパー・クランプ)がちょっと硬く、わざと大仰にしている感じの演出にはまっていなくてどうなることかと思ったが、だんだん役者陣の調子が出るとどんどん良くなった。キャストはデンマークとイギリス全体的にかなりヨーロッパ風の野心的な演出で、できるだけ少ないキャストでひとりがいろいろな役をやりつつ、リチャードの悩みに焦点をあてるものだ。このプロダクションのリチャードは身体障害や容姿のせいでかなり悩んでいるようで、さらに私が見たことのある他のプロダクションの平均的なリチャードよりも最初からはるかに良心の呵責を抱えており、マーガレットや母である公爵夫人に批判されるとあからさまにつらそうにのたうち回る(このへんのわざと大仰にする演出は、私は嫌いではないが、わりと好みが分かれそうだ)。このため、リチャードが大げさに他人を呪ったり、楽しそうに悪事を計画する様子は、むしろ傷つきやすさや小心の裏返しのように見える。

 キャストを少なくするのと、リチャードの葛藤に焦点をあてることを重視しているため、かなりいろいろ工夫をしている。マーガレットや若い王子たちなどはテレビ電話みたいな映像で出てくるし、リッチモンドはほとんど出てこない…というか、アン王妃(Lykke Lylloff)とクラレンスの殺人犯とひとり三役で、最後にほとんど一瞬だけ出てくる程度だ。リッチモンドが戦場で眠ったり、自軍を鼓舞する演出などは全部カットされ、戦場でリチャードが見る悪夢が強調されている。また、このプロダクションのバッキンガムはおそらくゲイでリチャードのことが好きみたいなのだが(馴れ馴れしくリチャードに触ったり、リチャードに褒められるとちょっと惚気たみたいな表情をしたりする)、死なずに最後、リチャードに逆襲するような演出になっている。基本的にリチャードが全ての人間に裏切られるような終わり方になっていて、リチャードの孤独が強調されている。

 

 キャストはデンマークと英国のインターナショナルなキャストで、音声言語や英語、デンマーク語の字幕がつく。またエリザベス王妃を演じるジーン・セント・クレアは口のきけない女優で、イギリス手話を使っている(手話については英語とデンマーク語で字幕が出る)。だた、エリザベスに他の人の声がどれくらい聞こえているのかがイマイチはっきりしないところがあり(中盤で他人の発言に対して振り返って驚くようなところがあったのでおそらく多少は聞こえている設定と思われる)、最初からもっと演出で明確にしたほうがいいと思った。周囲の人も少しは手話がわかるらしいのだが、リチャードは全くエリザベスの手話にペースをあわせて会話する気がないみたいに見える。終盤のエリザベスとリチャードが2人で話す場面は、障害のある登場人物同士がさしで話し合う場面だが、双方の心が通じ合いそうな気配は全くなく、腹のさぐりあいになっている。エリザベスとリチャードが置かれている状況が完全に異なるので、多少共通点があっても理解なんかしあえないし、双方孤独だということがよく表れている。

 

 終盤はとくにスピーディで斬新さもあるプロダクションだったのだが、日没後は潮風がえらい寒く、途中で毛布を調達せざるを得なくなるレベルだった(プログラム売り場で毛布を売ってる)。8月でも夜は急に寒くなるようなので、もしクロンボー城の夏の野外上演に興味ある方がいたら、是非あたたかい格好を…