『ドクター・スリープ』を見た。キューブリックがスティーヴン・キングの作品を映画化した『シャイニング』の続編で、言ってみれば誰もが知っている古典の続編という無謀な企画である。ところが、こんな無謀な企画なのにツボをおさえて大変きちんとまとめており、ちょっとビックリした。
主人公は前作で生き延びたダニー(ユアン・マクレガー)である。ホテルの事件でトラウマを抱え、亡くなったハロランの霊に導かれてなんとか対処している。しかしながら大人になったダニー(ダンと呼ばれることが多い)は父と同様アルコール依存症を抱えるようになり、ボロボロの人生を送っていた。なんとかしなければならないと考えたダンはニューハンプシャーにある小さな町に引っ越し、依存症互助会に入ってお酒をやめ、ホスピスで真面目に働いて健康を取り戻そうとする。ところが同じシャイニングの持ち主であり、一種のテレパシーでダンと文通していた少女アブラ(カイリー・カラン)がシャイニング使いの集団のリーダーであるローズ(レベッカ・ファーガソン)に狙われ、助けを求めてくる。
キューブリックの『シャイニング』とこの映画が一番違うところは、『ドクター・スリープ』はなんか変態的かつ暴力的なエロティシズムに満ちたホラーだということである。これは完全に私の趣味だと思うのだが、キューブリックの映画というのはセックスはあってもエロティシズムはないというか、クールかつ完成されすぎていてエロティックにならないところがあると思う。ところが『ドクター・スリープ』はたぶん意図的に悪役であるシャイニングカルト集団にたっぷりエロティシズムを盛り込んでいるところがある。全体としてはすごくよくまとまった面白いホラー映画になっているのだが、このエロティシズム盛り込みすぎという点については批判的に考える必要があるかもしれない。
この映画では、ふつうならペドフィリアっぽく読まれそうなアブラとダンの関係を、トラブルを抱えているが心に純粋さを残した者同士の完全にセクシュアリティから切り離された師弟関係(あるいは擬似的親子関係)として信頼に満ちた形で描いている。ダンは冒頭で飲み過ぎて知らないシングルマザーとセックスしてしまい、そこで生活を立て直そうと決めるのだが、この映画におけるダンにとってセックスは良くないものだ。一方、ダンとアブラの関係は一切性が絡まず、同じ能力を持った者同士の共感に基づくので双方にとって安心感がある。ダンがアブラにシャイニングの使い方を教え、強いシャイニングを持ったアブラのおかげでダンも成長できる、というような関係だ。途中でダン自身が「二人でいると誤解される」と心配する場面もある。
一方、シャイニングを持った子供たちを襲って精気を吸い取る、ローズ率いるシャイニングカルト集団はそれと対比させるため、ものすごく肉感的で暴力的な性的パワーに満ち満ちた人々として描かれている。映画館に引き込んだ男を眠らせて傷をつける美少女アンディをはじめとして全員、セクシュアルな存在なのだが、とくにレベッカ・ファーガソン演じるローズが発散している魔女的妖艶さがヤバい。ガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュがかぶっているみたいな帽子を手放さない変わったファッションの人物なのだが、ふつうに歩いたりしゃべったりしているだけでなんか変なセクシーさを醸し出しており、いわゆるサキュバスの理想形みたいな女である。
そして非常に問題含みなのは、このエロティックカルト集団が餌食にしているのは主にシャイニングを持った子供であり、子供から精気を吸い取ろうとする場面が性的乱交みたいに描かれていることだ。これはペドファイルを想起させる描き方なのだが、一方で明らかにエロティックに描かれており、恐怖をそそる一方である種の邪悪な美しさを付与されている。これがこの映画の極めて危険なところ…というか、この映画においてローズが体現している蠱惑的な性的パワーは極めて残酷なものとして断罪されてはいるのだが、一方で子供を拷問するというような悲惨な場面が変態的なエロティシズムをもって描かれすぎているきらいがあるように思う。古典ホラーだとドラキュラがセクシーだというのは当たり前の描き方ではあるのだが、そうは言っても子供を餌食にするような場面がこれだけ性的興奮を持って描かれると、見ているほうとしてはちょっとびっくりしてしまう。
そしてこの変態的エロティシズムが炸裂してしまうのが、ローズがダンを襲う場面である。中年男性であるにもかかわらず、強く純粋なシャイニングを持っているダンの精気に対してローズは明らかに強い性的興奮を感じており、この襲撃場面はほとんど性暴力みたいに描かれていてけっこう陰惨である…一方、ローズの色気が凄すぎてちょっと問題含みだと思う。全体的に、この作品は邪悪な性的パワーに満ちたローズと、無性的で善であるダンの対比に力を入れすぎた結果、ローズがやたらセクシーすぎて彼女がふるう恐ろしい暴力もなんかセクシーに見えてしまう、という問題含みな描写があらわれているところがある。映画の面白さとしてはファーガソンとマクレガーの演技合戦が堪能できて大変よろしいのだが、やりすぎな気もする。
なお、『トレインスポッティング』以来、ドラッグにまた手を出すかどうかここが瀬戸際…みたいな役ばかりやっているユアン・マクレガーが今回もそういう役で、たぶんこの作品の一番のサスペンスはダニーがまた酒を飲み始めるんじゃないかという心配である。最後にホテルで酒が出てくるところが一番、見ていて緊張した。