ダークな『お気に召すまま』~『17歳の瞳に映る世界』(試写、ネタバレ注意)

 エリザ・ヒットマン監督『17歳の瞳に映る世界』を試写で見てきた。

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 舞台はペンシルヴェニア州ノーサンバーランド郡である。17歳のオータム(シドニー・フラニガン)は家でも学校でもあまり馴染めず、同じスーパーでアルバイトをしているいとこのスカイラー(タリア・ライダー)以外に親しい友達もいない。バイト先ではハラスメントをされ、学校でもいじめられ気味だ。そんなオータムは自分が妊娠したことに気づくが、ペンシルヴェニア州で未成年者が保護者の承諾なしに中絶できないことを知り、ニューヨークまで中絶に行くことにする。スカイラーがついてきてくれることになり、有り金はたいてバスでニューヨークまで行くが…

 監督はアイルランドの中絶に関するニュースを見てこの作品を思いついたそうで、最初はアイルランドの話にすることも考えたらしい。アイルランドカトリックの国で長らく中絶が違法だったため、2012年にサビタ・ハラパナバルというインド系の女性が健康上の問題で母子ともに命の危険がある状態に陥ったのに中絶が受けられなくて死亡したという大事件があり、それ以降中絶合法化の機運が高まって2018年に国民投票で合法化された。それまではアイルランドの女性は中絶が必要になるとイングランドに渡っていたというのは有名な話なのだが、それをもとにアメリカの話にしたらしい。州ごとにいろいろ法律が違い、またちょっと常軌を逸したレベルの中絶反対運動があるアメリカらしい物語になっている。

 全体的にものすごくリアルな雰囲気の作品である。孤独そうなオータムと華やかでいかにも男の子にモテそうなスカイラーがいとこだということで親友だとか、血縁が重要な田舎町ではいかにもありそうだと思う。この2人の関係はちょっと『お気に召すまま』っぽい…というか、いとこ同士の女性2人が問題解決のために他の場所に出かけて、成長して帰ってくるというのはいかにもダークな『お気に召すまま』なんじゃないかと思った。舞台はアーデンの森みたいなロマンティックなところではなくコンクリートジャングルのニューヨーク(全然キラキラ味のないニューヨークである)なので、楽しい話にはならない。有り金はたいてニューヨークまで行ったのに、1日では中絶できないから明日来てくれと言われたらお金がないから泊まるところもなくゲームセンターで徹夜とか、実際に起こりそうなことを非常に自然に描いている。大きな荷物を持っているし、睡眠不足で体力もなくなってきているので移動もほとんどできない。ニューヨーク2日目の夜に突入したあたりからは、オータムの体のだるさがありありと感じられるような丁寧な描写がたくさんある。一方で朝ご飯を食べる時だけは珍しいお店でパンを買えてちょっとほっとするとか、少しだけある楽しいことがアクセントになっているのも良い。

 この話のポイントとして、オータムの妊娠の相手についての詳しい情報が一切出てこないというところがあげられる。オータムの相手が出てこないのは意図的なもので、オータムとスカイラーの間ですらその話題が全く出ない…というか、私たちが見ていないところで軽く話したのかもしれないが、少なくとも映画では触れられていない。冒頭でオータムが歌う歌はどうもオータムがしたくないことをさせられているらしいことを示唆していて、最初からどうもオータムは自分を尊敬してくれているボーイフレンドとの子供を妊娠したわけではないというはわかるのだが、はっきりしない。この映画の原題はNever Rarely Sometimes Alwaysで、これは終盤でオータムが中絶クリニックで聞かれる質問の答えである。性的な強要をされたことがあるかとかいうような質問に「一度もない めったにない 時々ある いつも」の4つの選択肢で答えるのだが、ここでオータムが泣いてしまうところで、おそらくオータムは内心では望んでいない性交渉で妊娠したとわかる。しかしながらこの相手は一切出てきていない…というのは、たぶんオータムの今後の人生に相手の男が出てくる幕は一切ないからだと思う。

 一方でスカイラーがお金を借りようとしてバスでナンパしてきたジャスパー(テオドール・ペルラン)を呼ぶところはけっこう詳しく描かれている。オータムよりだいぶ社交的でオシャレなスカイラーは、別にその気がなくてもお金に困ったらジャスパーに頼ろうとする。スカイラーはそうする他ないし全く悪くないのだが、世間的にはスカイラーはふしだらな若い女性みたいに思われるんだろうし、またオータムのほうは自分のせいでスカイラーがこんなことをしなければならなくなったという責任感でつらそうだし、大変厳しい展開である。スカイラーがとくに暴力なども受けずにたくましく戻ってくるところを見ると少しほっとする。スカイラーは一見、ジャスパーを利用しているように見えるかもしれないが、実際は社会に搾取されているのはスカイラーのほうだ。

 こういう感じでけっこうつらい映画ではあるのだが、非常に良い作品ではある。先行作としてはルーマニアの『4ヶ月、3週と2日』(2007)という似たようなテーマの作品があり、これをけっこう思わせるところもあるのだが、『17歳の瞳に映る世界』のほうが少しだけ雰囲気が明るい。ステレオタイプなイメージでは妊娠とかをしなそうな女の子が妊娠するという点では『JUNO/ジュノ』(2007)も先行作と言えると思うが、中絶に対してかなり偏見があった『JUNO/ジュノ』に比べると本作のほうがかなりリアルでよくできていると言えるのではないかと思う。