ものすごくちゃんとしたロマンティックコメディ&オフィスコメディ~『フリー・ガイ』(ネタバレあり)

 『フリー・ガイ』を見てきた。

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 主人公はゲームのモブキャラである青いシャツを着た銀行員、「ガイ」(ライアン・レイノルズ)である。ガイは自分がゲーム『フリー・シティ』の中の登場人物であることには気付いていないのだがなぜか自意識を持つようになり、サングラスをかけたヒーローたち(ゲームのプレイヤー)の1人であるモロトフガール(ジョディ・カマー)に一目惚れしてしまう。ガイはモロトフガールの気を惹くべく、銀行強盗からサングラスを奪って善行を積み、レベルアップを試みる。一方、モロトフガールを使っているプレイヤーであるミリーは現実世界ではゲームクリエイターであり、『フリー・シティ』の発売元であるスーナミ社が自分が作ったゲームから盗用をしているのではないかと疑って捜査をしていた。ミリーはかつての共同製作者で今はスーナミ社で働いているキーズ(ジョー・キーリー)に調査を助けてもらおうと働きかけているが…

 予告編からするとゲームネタのコメディ映画みたいで、もちろんそういう側面もあるのだが、実際に見ているとイマドキ珍しいくらいちゃんとしたロマンティックコメディであり、さらに職場のクズ上司に復讐するオフィスコメディでもある。そしてロマンスものでは「ゲームに夢中であまりソーシャルスキルがなさそうなギークな主人公」というのはたいてい男性なのだが(この間の『ガンズ・アキンボ』とかもそうだった)、『フリー・ガイ』でこの位置を占めるのは珍しく女性であるミリーだ。このミリー、誠実で大変優秀なゲームクリエイターなのだが、ずっと一緒に働いて支えてくれていたキーズの想いに全く気付いておらず、スーナミ社の盗用を調査する時のやり方も一匹狼的で、さらにアイスクリームの好みのことでケンカして彼氏と別れたことがあるとかいうくらいで(冗談かもしれないが)、こだわりが強すぎてしょっちゅう失敗する典型的なオタク女子だ。そんなオタク女子ミリーがゲーム世界で出会ったガイに好意を持ち、最終的にはガイの生みの親と言えるキーズが本当に大切な人であることに気付く…という展開は、ちょっとひねりはあるものの、大変しっかりした恋愛ものである。ガイとのデート描写もきちんとロマンティックだし、恋愛を通して登場人物たちが成長しているし、全く王道のロマコメだ。さらに最後まで登場人物たちがちゃんとゲームオタクで、「オタクは子供っぽいからやめよう」みたいな話にはなっておらず、「オタクのままで大人として成長して良い人生を」というふうになっているところが大変よろしい。

 オフィスコメディとしては、『9時から5時まで』とかをちょっと彷彿とさせるような「横暴な上司に復讐」ものである。ヤバい上司アントワンを演じるタイカ・ワイティティが全部持っていく感じである。思いつきでテキトーに自社のゲームをいじくろうとする節操のない金の亡者みたいな上司だし、平気で人の業績を盗用し、気に入らないと自分で斧を持ってサーバを破壊しに行く(!)。あまりにも面白おかしいのでデフォルメでしょ…と思うのだが、ひょっとするとベンチャー企業とかにはけっこうこういうタイプがいるのかもしれず、この手のトラブルが日常茶飯事の会社もあるのでは…とちょっと怖くなるところもある。途中まではアントワンの言うことに唯々諾々と従っていたマウサー(ウトカルシュ・アンブドゥカル)が最後にブチキレるあたり、たぶん我慢した結果こうなってしまう社員とかもゲームやITの企業にけっこういるのでは…とか思ってしまった。

 そしてこのロマコメ、オフィスコメディとしての展開が全て、ゲーム内でのガイの行動ときちんとつながっているのが本作の勝因である。どんな人にも自分の人生があり、モブキャラみたいにパッとしない人生だと思っていてもみんなが自分の人生の主人公なのだ、というのが本作のテーマだ。ゲームの外の世界で登場人物が抑圧をはねのけて恋愛や仕事に関する挫折を克服していくのと、ゲーム内でガイがどんどん自分の人生を手に入れていく様子がきちんとパラレルに描かれている。笑える小ネタがたくさん詰まったコメディだが、後味は温かみのある作品である。