オカルト、ぺてん、力~『ナイトメア・アリー』(ネタバレ)

 ギレルモ・デル・トロ監督の新作『ナイトメア・アリー』を見てきた。

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 1939年、相当なわけありらしいスタン(ブラッドリー・クーパー)が、さまざまなあやしげな見せ物が売りの移動遊園地(カーニバル)に流れ着くところから始まる。いろいろな見せ物の手伝いなどで重宝されるようになり、千里眼ショーをやっているジーナ(トニ・コレット)とピート(デヴィッド・ストラザーン)に気に入られて読心術を身につけるようになる一方、電流ショーをやっているモリールーニー・マーラ)と恋をし、一緒に出ていくことにする。2年後、スタンとモリーは街で読心術ショーで人気を博すようになっていたが、精神科医リリス・リッター博士(ケイト・ブランシェット)にトリックを見破られそうになり、スタンはジーナやピートからやるなと言われていた霊媒のふりを始めるようになる。

 前後編に分けてスタンの人生を追うというもので、ヴィジュアルは古典的なホラーとかノワールをきちんとふまえている一方、内容はかなりアップデートされている。デル・トロは『クリムゾン・ピーク』の時にゴシックホラーを現代化しようとしてうまくいったりいかなかったり…という感じだったと思うのだが、今作は『クリムゾン・ピーク』よりはるかに洗練された形で昔のジャンル映画を現代的な感覚で作り直していると思った。あんまり一般受けはしないかもしれないが、かなりの野心作である。

 まずはファム・ファタルの描き方が良い。ノワールファム・ファタルにあたる女性をブランシェットが演じているのだが、見た目はゴージャスなブロンドの古典的美女でいかにもファム・ファタルらしい一方(ヘアスタイルなんかヴェロニカ・レイクみたいだ)、心理学博士としてスタンと互角に戦っていて、目指すところは一種のデバンキング(トリックを用いたオカルト商売の暴露)である。リリスというのはユダヤの伝説に出てくる女性で、アダムの最初の妻だが夫に対する従順を受け入れずに出て行ってしまったとか言われている人物であり、フェミニズム系の創作などでもよく出てくる。この映画ではスタンが破滅に向かう理由は、自分の持つ才能や力に溺れ、デバンカーであるリリスの策略に引っかかった結果として描かれており、女の色香に迷って破滅…というような定型的な描き方になっていない。

 また、本作ではオカルトと詐術、男性中心的な権力の結びつきがかなり明確に描かれており、トランプ政権がかなりオカルトっぽいやり方で支持を集めていたことや、プーチンロシア正教会と強く結びつきつついろいろあやしいプロパガンダをやっていることを考えると、非常にタイムリーなテーマを扱っていると言える。スタンが行う読心術や霊媒行為はペテンなのだが、こうした行為を通してスタンは他人を理解し操るという権力に満足感を味わっており、やがてそうした権力を使うことをやめられなくなってしまう。オカルト的なスピリチュアリティなどはしばしば女性らしさと結びつけられるのだが、この作品ではオカルトというのは他人を騙して支配するための方法であり、男性が権力を求めたがる気持ちと結びつけられている。女性であるジーナやモリー霊媒ごっこは他人を傷つけ得るからということで批判的だし、リリスはもともとデバンカー気質で、本作における女性陣は霊媒行為には否定的であるか、あるいはフェリシア・キンボール(メアリー・スティーンバージェン)のようにそうした行為の被害者である。

 しかしながらスタンは他人を支配し、操るための読心術はうまくやっているのに、細かい人情の理解があまりできない。初めてスタンとモリーの恋情が燃え上がった時、モリーはこれまでセックスにagree(同意)したことがないと言うのだが、これはおそらくモリーが以前に虐待かデートレイプかなにか、とにかく何かの性被害に遭いかけたことの暗示ではないかと思われる。ブルーノ(ロン・パールマン)がやたらと警戒してスタンをモリーに近づけたがらないのは、たぶんモリーが以前にイヤな目に遭いかけたのを知っているからではないかと思う。この時にスタンはイマイチ、モリーの気持ちを理解せずに「大丈夫だから」みたいなことを言って流すのだが、おそらくこれがその後、スタンがモラハラ男に変身する伏線だ。フェリシア・キンボールの行動を予測できなかったことなども含めて、スタンは読心術を支配に使うだけで、人の気持ちをきちんと気遣うことはほぼしていない。人心を操ることで生きようとしていたスタンが操られるほうに回ったことを理解する最後はとても皮肉である一方、因果応報の綺麗なオチになっている。

 なお、戦争とオカルトというのはけっこう関係があり、戦死した人の遺族が霊媒を頼るというようなことはいろいろなところで見られる。本作は第二次世界大戦中が舞台だが、第一次世界大戦期のオカルトを扱った良い本が出ていて(↓)、そのへんを思い出しながら見ると終盤はなかなか痛切だった。