穏やかなビートルズ~『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』(試写)

 『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』を試写で見た。カナダのテレビ制作者であるポール・サルツマンが、若い頃にリシケシュのアシュラムでビートルズのメンバーと一緒に過ごした8日間を振り返ったドキュメンタリーである。ナレーションをモーガン・フリーマンが担当し、製作総指揮がデヴィッド・リンチで、リンチは出演もしている。

www.youtube.com

 『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』は、ポール・サルツマンが、まだ23歳くらいの時に自分探しのためインドに渡り、さらに大失恋してショックで瞑想をしようと思ってマハリシのアシュラムを訪ねたところ、たまたまビートルズがいて、その写真をたくさん撮ったというところから始まるドキュメンタリーである(ビートルズだけじゃなく、ミア・ファロー、ドノヴァン、マイク・ラヴなどもいた)。サルツマン自身はこの時にたくさん撮った写真をとくにどうこうするというような気はなかったらしいのだが、娘のデヴィアニに言われて写真を専門家のところに持ち込んで、これが音楽史的に貴重な史料だということに気付き始めたらしい。それで写真が展示されたり、本になったりして、今回の映画も作られることになった。この映画ではサルツマンは久しぶりにアシュラム跡地を再訪し、ここでのビートルズの暮らしや音楽的成果を、写真やイラストをまじえつつ振り返っている。

 U-NEXTで『ビートルズとインド』という去年作られたドキュメンタリーも配信されているので、この2本を一緒に見るとよいのではないかと思う。同じエピソードを違う視点から語っていたりして、あわせて見ると大変興味深い。『ビートルズとインド』のほうは監督のアジェイ・ボーズをはじめとしてインドのスタッフが中心的にかかわっており、『ヘルプ!4人はアイドル』がインドに対するよろしくない偏見に満ちているみたいなちゃんとした批判もある一方、インドの若者にビートルズが与えた影響などについて当事者視点での話がある。さらにKGB関係者が出てきたり、瞑想のカルトっぽくてきなくさい一面も取り上げられている。一方で『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』はもっと個人的な作品で、ポールがビートルズと過ごした時の得がたい経験と、そこで生まれたビートルズの音楽的成果に焦点をあてている。ポールはアシュラムに入るのを一度断られたのだが(ビートルズが来ていたのでアシュラムの人たちは野次馬を警戒していたらしいが、ポールはビートルズがいることも知らなかったらしい)、外で8日間も待って入れてもらった。そういうわけでポールはビートルズ目当てで施設に来たわけではなかったので、メンバーも勘ぐらず率直に接してくれたらしい。ポールは失恋についてジョン・レノンに励ましてもらったり、ジョージ・ハリスンに人生のヒントをもらったり、かなりビートルズからインスピレーションを得たそうで、そのあたりの話を丁寧に回想している。

 そういうわけで両作のアプローチはかなり違っているのだが、ひとつ共通しているのは、この2作に出てくるビートルズメンバーはとても面白くて気取りの無い、付き合いやすい人たちだということだ。出てくる人たちは口を揃えて、ビートルズのメンバーはみんな親切でクリエイティヴだったというようなことを言っている。その後のぎくしゃくしてメンバー同士でいがみあっているビートルズのイメージとは程多い。リシケシュはどこに行っても追いまくられる忙しい生活から逃れて気の合う人たちとだけ付き合い、音楽に専念できる環境だったので、それぞれの欠点があまり前面に出てこず、穏やかに曲作りをして暮らせたらしい。マハリシじたいはかなり怪しい人のように見えるのだが(とくに『ビートルズとインド』はそのへん、ひるまずいろいろツッコんでいる)、とにかくマスコミも気が散る雑用も無い場所に行けたというところが大事だったようだ。

 なお、タイトルがMeeting the Beatles in Indiaなのだが、なぜ日本語タイトルに「ザ」は入ってるのに「インディア」じゃなく「インド」なのかは不明である(そこだけ英語タイトルと変わっている)。前述した『ビートルズとインド』とまぎらわしいというのもあるので、『インドで出会ったビートルズ~カナダの青年が見たアシュラム』とかなんとかいう日本語タイトルにしたほうがわかりやすいと思うのだが…