新国立劇場で鵜山仁演出『尺には尺を』を見た。『終わりよければすべてよし』と同じ座組で問題劇2本をセット上演するプロジェクトのうちの1本である。座組だけではなくセットの美術などもかなり『終わりよければすべてよし』と似ている。
全体的に大変ダークコメディ的で、登場人物が真面目になればなるほど、まるで不条理劇みたいになってしまってドタバタして笑えるという感じの演出である。一番真面目な性格であろうイザベラ(ダイアナ)が真剣かつ深刻にクローディオ(浦井健治)やアンジェロ(岡本健一)と話すところのほうが人の身勝手さが露わになってシュールかつメチャクチャでおかしい。本来は面白おかしいはずのバーナーダイン(吉村直)の場面などはあんまり笑いがおきない…というか、何年も刑務所に収監されて死刑を待つうち酒浸り…というバーナーダインの人間らしさがむしろまともに見えてしまうくらいである。
しかしながらこの笑いは非常にきついブラックユーモアであって、ジャニーズ事務所の性的虐待隠蔽が話題になっている現在、ジャニーズの元スターだった岡本健一がセクハラ野郎のアンジェロ役で登場してMeTooみたいなお芝居をやるということじたい、考えさせられるところがある。アンジェロはいろいろな人物造形に基づいて演じられるキャラだが、このプロダクションのアンジェロは、たぶん今まで非常に真面目かつ勤勉に生きていたのだろうが、法の知識などは豊富でも世間一般のことがら、とくに人間関係に関することがらについては全く知識も経験もなく、そのせいで自分の感情にうまく対処できないというような人物になっている。アンジェロがイザベラにぐっときたきっかけが、イザベラがワイロと称してアンジェロのためお祈りをするところだというのがはっきりわかる演出になっており、ここでイザベラを見つめるアンジェロはまるで初恋にとらわれた少年みたいなのだが、それが功成り名遂げた中年男だというのが問題だ。おそらくこれまでの大人としての暮らしの中で真剣な恋もしたことがなければ人間関係一般について真面目に考えたことすらなく(だからマリアナにもあんなにひどい態度をとった)、初めて強い魅力を感じたイザベラにどう対処していいのか全くわからないので、アンジェロは自分の権力を乱用してとんでもないセクハラをかます。
しかしながらこの公演では、公爵ヴィンセンシオ(木下浩之)もアンジェロと同じくらい、あるいはそれ以上に食わせ者である。もともと策略が大好きな人物らしいのは序盤からなんとなくわかるのだが、終盤の独善的な振る舞いはかなり鼻につく。最後にイザベラに求婚するところはひどいの一言だ。いきなり結婚を申し込まれたイザベラが鳩が豆鉄砲をくらったような表情のまま驚きで何もできなくなり、周りに助けを求めるかのようにうろうろしているのに、ヴィンセンシオは全く気付かず、イザベラを連れていって結婚する気満々だ。アンジェロには少なくとも自分がやっているのが性的暴力であって悪いことだという自覚があったのだが、ヴィンセンシオは見た目の暴力性は低くても自分がやっていることは結局アンジェロとたいして変わらない性的強要なのだという自覚が全くない。ひどすぎて笑ってしまうというような感じの、とても不条理で残酷な終わり方である。