サム・テイラー=ジョンソン監督の新作Back to Blackを見てきた。エイミー・ワインハウスの伝記ものである。ロンドンのカムデンでユダヤ系の一家の娘として生まれたエイミー・ワインハウス(マリサ・エイブラ)がミュージシャンとして成功し、ブレイク(ジャック・オコンネル)との結婚と別れを経て27歳の若さで亡くなるまでを描いている。
予告を見た時からイヤな予感がしまくっていたのだが(私に限らず生前からエイミーが好きだった人は予告段階からイヤな予感で盛り上がっていた)、役者陣の演技などが良いので思ったほどひどいというわけではないものの、けっこうダメな映画である。まず、エイミーについては『Amy エイミー』というよくできたドキュメンタリー映画があるのだが、これはご遺族から批判された…上にかなり事実をはしょっているものの、けっこう大事な情報が含まれてはいる作品だった。一方でこのBack to Blackはご遺族がわりと好意的らしい。私は「ご遺族公認」的な伝記映画はちょっと眉唾だと思うほうだが、これはミュージシャンの人生をかなりセンチメンタルでお涙頂戴系にしていてよくないと思う。
まず、エイミーがやたらと貞淑…というか、ブレイク一筋なのは美化しすぎというか、むしろ不自然だと思う。この映画ではエイミーがブレイクにものすごく強い愛をずっと注いでいて、亡くなった原因もそれみたいに描かれているが、エイミーはブレイクと離婚した時に自分も不倫していたことを認めている。さらにブレイクを想いながらひとりで孤独に亡くなったみたいな描き方だが、亡くなった時には別のボーイフレンドと婚約するとかいう話をしていた。正直、こういう気まぐれなタイプでしかもめちゃくちゃモテるであろう女性がそんなにひとりの男性ひとすじでいるわけないし、さらに映画の序盤では男性をとっかえひっかえしてたのにいきなりブレイクだけに執着するようになるというのは展開としてもおかしい。
そしてこのやたらと貞淑なエイミー像のせいでラストが亡くなった人に失礼なんじゃないかというくらい変な感じになっている。この映画ではエイミーが、別れたブレイクに子どもが生まれたという話を聞いてその直後に亡くなった…という展開になっており、まるで子どもができないことに絶望したのが死因みたいに示唆されている。実際は他のボーイフレンドもいて、これから結婚したり出産したりするつもりもあったらしい実在の若い女性についてそういう描き方をするのはなかなかひどいのではないかと思うし、女性の描き方としてもあまりにも古臭く、ステレオタイプ的で現代女性らしくない。さらにエイミーの死因には摂食障害が絡んでいるのだが、それも少ししか描かれていないので、深刻な病気を抱えて亡くなった人の死因を勝手に変更しているような描き方になっている。
他にも父親のミッチ(エディ・マーサン)がちょっといい人すぎでは…と思う。ドキュメンタリー映画に出てきたミッチは、娘を愛してはいるのだろうがだいぶ困った感じの人で、いくつか明らかに問題と思われる行動もしていた。一方、この映画ではマーサンがけっこうイイ人に振った演技をしているせいで、娘を甘やかしてたまに判断を誤るものの基本的にちゃんとエイミーに寄り添ってはいる父親として描かれており、ドキュメンタリー映画のほうに出てきた問題行動はだいぶトーンダウンしている。また、家族や恋人以外でエイミーにとって重要だったであろうマーク・ロンソンやモス・デフのことが全然出てこなくて(ロンソンは名前だけは出るが)、全体的にエイミーのクリエイティヴィティも仕事上のトラブルもあまり描かず、家族だけにフォーカスしているのでかなり狭い話になってしまっていると思った。