ロイヤルオペラ、シュトラウスの『サロメ』〜ユダヤのナチス?演出にかなり疑問あり

 ロイヤルオペラの学生特割でシュトラウスの『サロメ』を見てきた。オスカー・ワイルドの戯曲を原作とし、元テキストをドイツ語に翻訳、カットや編集を加えてオペラとしたもの。

 とりあえず音楽自体は劇的でエロティックで、あまりわかりやすくはないのだがこの作品は劇自体がもともととことん反リアリズム的で複雑なので台本の内容にはぴったりあっている。話もワイルドの戯曲をきっちり消化していて面白い。ただ演出自体にはかなり疑問が…

 セットは二階建てになっており、二階は宴会場、一階はなんか収容所の中庭みたいなきったない灰色の建物である。衣類といいセットといいどうもナチスっぽい(『地獄に堕ちた勇者ども』みたいな)感じでまあヘロデの宮廷としてはこれでいいんだろうが、そうはいってもここは古代のイスラエルユダヤ帽をかぶったユダヤ教徒たちとかが出てきて教義について議論しているのに見た目がナチスってなんかすごい違和感あるっていうかむしろヤバい。しかしまあそこまでナチスっぽくなく独裁者の政府一般みたいな感じにしている気もするのでいいのか…今はヘブライ語版総統閣下吹き替えとかもある時代らしいし…

 セットだけじゃなく演出のほうもかなり疑問がある。全体的に視覚的に派手な見せ場を少なくして控えめにしているぶん、変にリアルになって原作の神話的な感じが弱められているように思った。とりあえず、途中で歌詞に銀の盆が出て来てサロメがこのお盆を持ったりする場面があるのに、なぜかヨハネが殺されて首が舞台に持ち込まれる場面ではお盆がぜんぜんちゃんと出てこないのが変だ。このヨハネの首が持ち込まれる場面では全裸のマッチョな首切り役人が全身血まみれで後ろ向き(つまりお客さんのほうにお尻丸出し)で出て来て見た目にはすごいインパクトがあるのだが、私はむしろお盆の扱いのひどさが気になってしまった。銀のお盆ってこのオペラの浮世離れした感じをよく表現している小道具だと思うので絶対必要だと思うんだけど。

 あと七つのヴェールの場面がこれまた超独特で、サロメ役のアンゲラ・デノケ(Angela Denoke)がソロで踊るところがほとんどなく、最初から結構折にふれて言及されていたヘロデのサロメに対する性的虐待を暗示するようなシークエンスが続くだけになっている。動くサロメにヘロデがちょっかいをかけてサロメが嫌がるとか、2人で社交ダンス的なものをちょっとだけ踊るとか…それではっきり言ってこの場面は全然うまく機能しているようには見えなかった。なんでももともとここは前後の緊張感があるドラマティックな音楽に比べて曲調が急に遊興的というかダンス的なものになるので演出と振り付けがしっかりしてないと全体の流れが弛緩してしまう鬼門な箇所らしいのだが、やっぱりここはちゃんとサロメが踊らないとダメなんでは…という気がした。なんだか示唆的だがイマイチ見栄えのしない不明確な動きばっかりで単純に視覚的に面白くないというのももちろんそうだし、最初のほうからけっこうヘロデの性的虐待は大人ならわかるように暗示されていたのにここでえんえんとそれを見せると一番劇的な音楽を割り当てられているはずのサロメが単なる犠牲者、弱々しいヒロインに見えるだけになってしまうというのもある。性的虐待のモチーフにきちんと取り組むのはいいと思うのだが、こういう視覚的に効果のあがらない演出だと、ワイルドが書いてシュトラウスが曲をつけた超ドラマティックで複雑で神話的な芝居が「継父に性的虐待を受けている娘が自分を振ったオラオラ系イケメンに復讐」というわかりやすい泥沼メロドラマに見えてしまう。

 ちなみにこの単なる泥沼メロドラマ化にはヨカナーン役の人がなんか変なことばっかり言ってる女の子に失礼なヒッピーにいちゃんみたいな感じに演出されていることもあるかもしれない。ガーディアンの劇評で「このヨカナーンには預言者なら家に忘れてくるわけない要素が欠けている。それはつまりカリスマである」とかひどいこと言われているが、たしかに預言者らしい人々がわらわら寄ってくるような魅力がなかった。

 と、いうわけで、悪くないところもあったのだが全体的にはパッとしない上演だったように思う。