ヴィクトリア&アルバート博物館、デヴィッド・ボウイ展〜目と耳のための遊歩道

 ヴィクトリア&アルバート博物館でデヴィッド・ボウイ展(David Bowie Is...)を見てきた。デヴィッド・ボウイの業績と、ボウイが音楽のみならず現代のファッションや美術に及ぼした多大な影響を探る展覧会で、若い頃から今までのボウイの映像や実際に着たステージ衣装、デザイン関係の資料やボウイが影響を受けて使っていた芸術家・作家などの関連資料を幅広く展示している。

↓V&Aの前にある展覧会の通知用垂れ幕。David Bowie Is...という展覧会名はisのあとにいろんなものを入れられるので、常に新しく変身していくボウイにふさわしいものである。

 で、とにかくこの展示について単純に驚くのは音声技術である。この展示ではお客全員にヘッドホンつけさせ、お客が移動すると自動的に一番近いブースで上映されている映像資料の音声(あるいは展示資料についての説明音声)をヘッドホンが拾うようになっており、どういうわけだか音声同士が干渉しあわず、移動するとかなりクリアに音が切り替わるようになっている。音の遊歩道を歩き回っているようでとても不思議だし、また展示品も色彩豊かで視覚的にも楽しいものが多いのでまるで目と耳のための饗宴のようである。最初、移動するごとに急に切り替わった音がどこの展示品と一致するものなのかわからなくて戸惑うこともあったのだが、すぐ慣れた。パンフレットによるとSennheiserという会社が音響設備を担当したそうで、こういう新しい音響技術を取り入れて展示方法の改善をはかるというのは非常にお客さんにとっては役立つことだと思う。

 展示の内容については、なんというかやはりポピュラーミュージックは総合芸術なのだということを再認識させられる展覧会であった。ポピュラーミュージックというのは耳だけじゃなく目をも楽しませるものであって、音だけでポピュラーミュージックの価値をうんぬんするのは無理というかかえって音楽をつまらなくするものであると私はかねがね思っている。デヴィッド・ボウイアヴァンギャルドだがそんなに小難しくはなくとてもポップであって、常に自分が見られる存在、ショーマンであることを意識しつつ表現をしていて、むずかしげな作品でも完全なひとりよがりに陥っていることがあまりなく、お客の耳と目をびっくりさせ、衝撃を与え、かつ楽しませるものを作ることに留意しているような感じがする(常に他人の耳と目を厳しく意識しているよい意味でのナルシストというべきか)。衣装とか映像を見ながらボウイの音楽をきいていると、音だけだったり衣装だけに着目するよりも単純に楽しさが増すというか、一見へんな衣装が妙に音楽にピッタリあっていたり、どうってことない短い音の一節がボウイのしぐさを引き立てていたり、互いに増幅しあって非常に面白いものができる。そういうところを見ると、ボウイは聴覚だけではなく視覚をも楽しませる総合芸術としてのロックを広めることに貢献したという点では人気の点でも独創性の点でもエルヴィスとビートルズの後では最も重要なアーティストなのではないかという気がする。ビートルズもボウイも、最初は若者をキャーキャー言わせるアイドルから始まってどんどん実験的な音楽を作るようになり、それでもポップな感覚を忘れなかった、ということはたぶんロックの歴史を考える上ではとても重要だと思う。そういうわけでボウイは総合芸術の人なので、映画とか服飾とか、他の分野に与えた影響もはかりしれないものがある。

 ただ、やはりこの展覧会を見ていて私はボウイはそんなに好きとは言えないと思った。なんといっても、容姿も芸術的才能もあまりにも完成されていて愛する余地があまりない。私はもうちょっとツッコミどころというか隙を想像力で埋めることのできるT.レックスロキシー・ミュージックのほうが好きだ。
 
 ↓カタログ。いろいろ貴重な衣装の写真などを収録しているが、やはり音がないのはものたりないなぁ。かなり音が主役の展覧会であった。