名優アイラ・オルドリッジをエイドリアン・レスターが演じる、トライシクル座'Red Velvet'

 トライシクル座でエイドリアン・レスター主演の'Red Velvet'を見てきた。


Red Velvet (Modern Plays)
Red Velvet (Modern Plays)
posted with amazlet at 14.02.07
Lolita Chakrabarti
Methuen Publishing

 この芝居はロリータ・チャクラバーティが2012年に書き、エイドリアン・レスター主演でトライシクルで初演されたもので、大好評だったためまたすぐ再演された、ということである(初演はまたたくまにチケットが売り切れて行けなかった)。19世紀の伝説的なシェイクスピア俳優で、アフリカンとしてはほぼ初めて『オセロー』のタイトルロールを当たり役にスターとなったアイラ・オルドリッジの伝記ものである。

 …と、いうことなのだが、戯曲の序文でチャクラバーティが述べているようにオルドリッジはごく最近まであまり正当に評価されていなかった。オルドリッジは保守的だったロンドンやニューヨークの舞台では観客に受けが悪く、ツアー(とくにロシア・東欧地域)で成功をおさめていたことや、黒人俳優がほとんどいなかったせいで珍しい見世物扱いされていたということが評価の妨げになったらしい。この芝居はそういう時代背景をもとに、差別ゆえに正当に評価されない名優の人生を描くというものになっている。

 最初、オルドリッジはポーランドのウッチで公演する気むずかしい老優として登場する。そこから30年ほど前にフラッシュバックし、若く野心的だったオルドリッジがロンドンで全力を尽くしたのにきちんと評価されずツアー生活に戻らざるを得なくなった、という話があり、最後にまた同じウッチで老優が『リア王』を演じる公演に戻って、その気むずかしさはこういう苦労の末だったのか…と観客にわかる、という構成になっている。

 とにかくエイドリアン・レスターの演技がすごい。最初、出てきた時に「あれ、エイドリアン・レスターってこんなに老けてたっけ…」と思ったのだが、次の幕ではすっかり若くなって出てきて全くびっくりした。後半部分ではさらになんとたった一瞬の暗転でオルドリッジが30年老けるという変身をやってのける。いったん劇場が暗くなって、また明るくなったらそこにすっかりおじいさんになったオルドリッジがいる…というのを見て、まったく役者は化け物だなと思った。表情と仕草だけでこの年齢を自在に行ったり来たりするレスターの芝居は至芸というべきだ。劇中劇で演じる、あえて古風な感じで作ったドラマティックなオセローなんかも、「劇中劇です!」ということを明確にして他の場の演技とはきちんとスタイルを変えて演じ分けながらもきちんと盛り上げるところは盛り上げるあたり、芸が細かい。

 話もよく考えられており、演劇の政治性というものを痛感させられる内容になっている。エドマンド・キーンが倒れたということで、コヴェントガーデンの先進的な連中がオセローの代役にアイラを雇おうとするのだが、反対する役者たちもいて話が紛糾する。この反対者たちの言い分はけっこう意味不明なもので、演劇は芸術だから政治を持ち込むべきではなく、奴隷解放運動なんかのはやりにのって黒人を雇うのはよくない、とか、またまた変身の芸術である演劇なのに黒人の役にそのまんま黒人役者を雇うのはたるんどる!みたいなことをほのめかしたりとか、今聞くと全くバカげているように思えるのだが、この「演劇は純粋に芸術であって政治ではない」という役者達の主張は、逆説的に「演劇は明らかに政治的芸術である」ということを示すものになっていると思う。どうして有色人種の役に有色人種の役者をキャスティングないの?という話を通して、演劇の何気ない配役決めにも「現状を維持したい」という体制順応主義が働いているっていうのがありありと見えてくるようになっており、これは今の舞台芸術をも未だに悩ませている問題であると言えると思う(UKの舞台上演で女性の役者や有色人種、とくにアジア系の役者の雇用が少ないというのはよく問題になっている)。結局役者達は諦めてオルドリッジを雇い、オルドリッジは素晴らしい演技をするのだが、保守的な劇評家がけなしたせいでオルドリッジはロンドンを捨て、失意のうちにまたどさ回りに出ることになる。先進的だと思っていた役者達も受けが悪いと知ると手のひらを返したように冷たくなるあたりが演劇の客商売としての難しさを際立たせており、こういう前衛的・先進的な取り組みへの意欲と客からの人気を得たいという欲望の間で引き裂かれる様子というのは現代の舞台芸術でもよく見られるものだと思うので、そのあたりもなかなか痛々しく、非常に現代的な問題を扱っていると思う。


 と、いうことで、話もよく、またまたエイドリアン・レスターの演技も素晴らしいので非常におすすめである。DVD、出ないかな…