オッタートンさんの夫婦仲がとても心配だ〜『ズートピア』(ネタバレあり)

 『ズートピア』を見た。

 哺乳類の動物たちが進化し、共存して社会を作っている世界。田舎のにんじん農場の娘であるウサギのジュディはウサギとしてはじめて警察官になり、大都市ズートピアのど真ん中で仕事を始めることになる。ところがウサギのような小動物に対して警察の上司たちは冷たく、肉食獣の連続行方不明事件で警察がてんてこまいであるにもかかわらず、ジュディは駐車違反の取り締まりの仕事ばかりやらされる。ひょんなことから、あまり警察が注目していないカワウソのオッタートンさんの失踪事件を担当することになったジュディは、サギ師であるキツネのニックを引き込んで捜査をはじめるが、捜査に伴って大きな陰謀の影が…

 かわいらしい動物たちが出てくる話だが、内容はとてもシビアである。動物たちの間の体格や文化の違いは明らかにアメリカの人種問題を反映しており、バックグラウンドをもとに個々人(個々動物?)の性格を決めてしまうことで多くのものが失われるとか、生物学的にどうだとかいう一見もっともらしい分析には危険性が潜んでいるとか、いろいろな社会的テーマを扱っている。ネタバレになるが、キツネに対するステレオタイプを引き受けて生きようとした結果サギ師になったニックと、ヒツジに対する扱いに恨みを持った結果悪事に手を染めることになったベルウェザー副市長は同じ問題の犠牲者なのかもしれない。そう考えると、市長にハラスメントを受けていたベルウェザー副市長は悪役とはいえかなり気の毒なヒト…じゃなかったヒツジである。

 ということでけっこうテーマは重いのだが、この重いテーマをファンタジーでありつつリアルに処理するため、動物たちのキャラクター作りに様々な工夫がなされている。主人公を田舎娘のウサギにしたところがまず勝因だろう。ジュディは自分の夢を追い求める冒険的なヒロインだが、田舎育ちで都会のことがわからずいろいろ失敗するあたり、とても身近に感じられるところがある。それでも王子様に助けてもらうとか全く考えていないし、ニックとは対等で、自立した女性だ(なお、この映画はベクデル・テストはジュディとベルウェザーさんとの会話でパスする)。私は警察モノより私立探偵モノのほうが好きなので、こういう雰囲気のハードなミステリで、さらにサギ師と組むという展開ならどっちかというとヒロインは私立探偵のほうが似合うんじゃないのか…とも思ったのだが、これはたぶんマイノリティが組織の中で壁にぶつかることについての映画なので、ひとりで働く私立探偵ではダメだったんだろうと思う。「組織や社会、公共空間と個々の人(この「人」には動物や雪だるまも便宜的に入れることにする)」というものの関わりがテーマだとすると、『アナと雪の女王』の庶民的な発展版と言えるかもしれない(ちなみにアナ雪の"Let It Go"の歌詞には"Couldn't keep it in, Heaven knows I tried"というところがあるが、『ズートピア』のテーマ曲"Try Everything"には"I wanna try everything, I wanna try even though I could fail"という歌詞があり、「隠しておくのはもう無理、間違い無くトライはしたけど」から「なんでもトライしたい、失敗したとしても」に進化しているので、歌のほうもモチーフに継続性があり、なんらかのアンサーソングなのではないかと疑ってしまう)。キツネのニックのほうはたぶん声をジェイソン・ベイトマンがあてたところが勝因なのかもしれないが、辛辣なユーモアがあるのに憎めない、いいキャラクターになっている。

 動物たちの性格のみならず、外見を描いて形を与えるためにもすごい技術と労力がつぎ込まれている。私の知人がやっている映画専門のメールマガジンMINISTRY OF FILM - ゼロからのスタジオシステム -」111号が『ズートピア』の特集で、東映アニメーションからウォルト・ディズニー・カンパニーに移って働いている小原康平がメイキング画像を日本語で解説する記事を書いているのだが、ディズニーではリサーチに大変力を入れており、リサーチ用に今まで作った作品の原画などの資料をほぼ保管して社員が見られるようアーカイヴ化しているそうだ(『ファンタジア』のスケッチも見られるそうな)。さらに『ズートピア』では、毛皮を描くためポンと主要スタッフをケニアに行かせていっぱい動物を見てこい!という調査旅行をやったそうで、とにかく楽しくたくさん動物を見るという、日本なら物見遊山だと言ってバカにされそうな旅行の結果が全てあの毛皮の質感に反映されているそうだ。ジュディの長いウサギ耳が下がるところで、動物らしいのに一方で人間の女性のロングヘアみたいな妙なリアルさがあってビックリした覚えがあるのだが、そういう細かい観察があのフワッフワの毛皮の造形や動物っぽいのに人間が親近感を抱ける絶妙な動きにつながっているんだろう。

 ちなみにこの映画は『ゴッドファーザー』とか『三つ数えろ』みたいな犯罪映画をいろいろ参考にしていると思うのだが、その手の映画らしく、家族向けの映画にしてはプロットがわりと込み入っていて、観客が想像で補ったほうが良さそうなところが結構ある。個人的にはオッタートンさんまわりの展開が大変気になった。カワウソのオッタートンさんがマフィアのドンであるトガリネズミのミスター・ビッグに会いに行く途中で撃たれたのは、明示されてないがたぶん毒のことに何か感づいてドンに相談しようとしたからだろうと思う。ネタバレだが、オッタートンさんは花屋なので植物毒については専門家だろうし、カワウソは肉食獣としては小さくてテロのターゲットとしてはあまり派手とはいえないので、口封じ目的の狙撃だと思う。おそらくマンチャスさんの狙撃もこれに続く口封じ目的のものだ。さらに私がとても気になっている細かい点はオッタートンさんとオッタートン夫人の今後の夫婦仲である!どうもオッタートン夫人の行動と性格からして、オッタートンさんは自分がヌーディストなのも、マフィアのドンと親しいのもたぶん妻に隠してたんだろうと思う。オッタートン夫人は大人しくて上品そうなご婦人だったし、もしこういうことを知っていたら自分でヤックスにコンタクトをとるか、あるいは何かヤバいことに巻き込まれたかもと思って地元で顔が利く親分のミスター・ビッグに話を通すと思うので、ああいう感じで警察を頼るはずはない。ということは、このあたりの隠し事が全部バレた、回復後のオッタートン夫婦の夫婦関係がなかなか心配である。