海王星から太陽系を危険にさらしてる親父さんが出てくる映画がバカSFじゃないなんて~『アド・アストラ』

 『アド・アストラ』をブルーレイ試写で見てきた。

www.foxmovies-jp.com

 主人公であるロイ(ブラッド・ピット)はあまり人に心を開かないタイプだが、非常に優秀な宇宙飛行士である。ところが彼の父で、ミッション中に死亡したと思われていたクリフォード(トミー・リー・ジョーンズ)が海王星のあたりで生きており、そのせいで太陽系が危険にさらされているらしいことがわかる。ロイは父にメッセージを届けるべく、月を経由して火星に向かうが…

 

 あらすじだけ書くととんでもないアホSFみたいである。普通、海王星くんだりまで行ってひとりで太陽系を危険にさらすような行動をとってる親父さんが出てくる映画はあまり真面目な内容にはならないはずだ。ところがこの映画は大変に真面目な内容で、笑うところとかはほとんどない。撮り方もかなりアーティスティックでこだわりがあり、内容も男らしさの問い直しとか、親子の絆の問題とか、深刻である。『闇の奥』+『ファースト・マン』+『2001年宇宙の旅』みたいな感じの映画だ。

 

 この映画のポイントとして、クリフォードがとにかくダメな父親であるにもかかわらず、ロイは父を取り戻そうとしているということがある。ロイは私好みの一切社交性のない主人公なのだが、父親みたいになってしまうことへの疑問が強くあるようで、ボイスオーバーのモノローグでいろいろ悩んでいる。途中、無理矢理宇宙船に乗り込もうとして他の船員を事故で全員死なせてしまうあたり、身勝手で他人を犠牲にして生きてきた親父さんにどんどん近付いていっている気配があるのだが、それでもなんとかしてそうなりたくないという気持ちがある。そういうわけでロイは親父さんに会いに行くのだが、親父さんはロイに会ってもあまり喜ばず、むしろ拒むようなそぶりをする。それでもロイは親父さんを取り戻そうとするのである。『アンブレラ・アカデミー』とかもそうなのだが、めちゃくちゃな家族でもきっぱり決意して捨てるということができないという展開になる映像作品、最近けっこうよくあるような気がしている。帰ってきたロイはあまりうまくいっていなかったらしいガールフレンドのイヴ(リヴ・タイラー)との関係にきちんとコミットしようとするようになるのだが、人間嫌いでも結局、人を捨てられないのがアメリカ映画なのだ。

 

 『ファイト・クラブ』から20年たってブラピがこういう映画に出たというのは非常に興味深いと思う。『ファイト・クラブ』は親父さんが家庭と物質主義に飼い馴らされているからそうなりたくない、と思っている男たちの暴走の映画だった。『アド・アストラ』は、家庭に飼い馴らされなかった親父さんが暴走して息子たちを苦しめているという作品である。ブラピいわくこの作品は男らしさの問い直しがテーマらしいのだが、ブラピの映画を追うだけでけっこう「男性性」について考えることができるかもと思った。