演劇の暴力性~Medicine(配信)

 エンダ・ウォルシュの新作Medicineを配信で見た。ドーナル・グリーソン主演でゴールウェイ国際芸術祭で上演されたものの有料配信である。

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 精神病院のアクティヴィティルーム(パーティがあったらしく、ひどく散らかっている)みたいなところが舞台で、主人公であるジョン・ケイン(ドーナル・グリーソン)が演劇セラピーのようなセッションを受けるというものである。演劇セラピー…とは銘打っているのだが、スタッフとして雇われているらしい演劇関係者2人が、素人やセラピーを受ける患者とたいして違わないのではと思うくらい頼りない。両方ともメアリーという名前なのだが、片方(クレア・バレット)はやたら偉そうだし、もう1人(イーファ・ダフィン)は別のメアリーに押されてあんまり役に立たない。ジョンの人生を演劇にして生き直すみたいな内容なのだが、親のネグレクトやらなんやらつらい話ばかりで、ちっとも患者の精神衛生によさそうな感じはしない。

 どっちかというと「機嫌の悪い時のエンダ・ウォルシュ」っぽい台本で、主演男優ありきなところは『ミスターマン』に似ている。ただ、『ミスターマン』や『アーリントン』よりもずっと笑えるし、だいぶスピーディなので、ウォルシュにしては見やすいほうではと思う。ドーナル・グリーソンの演技はとにかく素晴らしいし、フリージャスっぽいパーカッションの生演奏がつくところもいい。

 テーマとしては精神疾患とそれに対する不当な扱いについてのお話だと思うのだが、どちらかというと演劇の暴力性みたいなものを強く感じた。とくにワークショップ形式で芝居を作る時に、演出家が役者やスタッフにやたらと個人的な経験を共有したり、自分のつらい経験を演技に生かせみたいなことを言うことがあり、これはやりすぎるとハラスメントになるから役者の自主性にまかせなければならない…というのは最近、ハラスメント防止の文脈でよく聞く話だ。この芝居の裏には、自分の個人的な経験を芝居に生かすというのは、実は非常に残酷で暴力的なことなんじゃないかという疑いがあるような気がする。そこを男性の患者と女性の「演出家」2人でやるっていうのはどうなのかというジェンダー問題はあるのだが、たぶんこの芝居はポスト#MeToo的な芝居ではあるのだろうなと思った。