SFファンタジーではなかった~『わたしは最悪。』(試写、ネタバレ注意)

 ヨアキム・トリアー新作『わたしは最悪。』を試写で見た。

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 ユリヤ(レナーテ・レインスヴェ)は成績優秀だがやりたいことが定まらず、医者を目指した後心理学に鞍替えし、さらに写真家になりたいということで本屋につとめはじめた。グラフィックノベル作家でだいぶ年上のアクセル(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)と付き合ったものの結局うまくいかず、アイヴィン(ヘルベルト・ノルドルム)と付き合うことになる。さらにユリヤは妊娠するが…

 途中のユリヤとアイヴィン以外の人が停止するところが予告で使われていたのでなんかそういうSFファンタジーっぽい話なのかと思ったらまったくそうではなく(該当場面はたしかに作中にあって、ここはすごく良い)、いたってリアルな恋愛ものである。ただ、正直、全く私の好みではなかった。ユリヤにあんまり面白みがなく、とくに終盤は男性中心の話になってしまっている。

 全体的にユリヤの人生がほぼアクセルやアイヴィンとの関係だけで成り立っていて平板である一方、降板は男性登場人物のほうに焦点があたってしまい、性差別的な漫画を描いているアクセルのほうが興味深い人物に見えてきてしまう。ユリヤが写真にどういう情熱を抱いているのかとか、アートっぽい環境で何に興味を持っているのかとかいうことがあまりよくわからないまま話が進んでおり、ヒロインのわりにはユリヤに奥行きが無い(このへんは英語圏の映画評でも既にいろいろ指摘されていて、私もここが非常に気になった)。さらにほいほい大学で専攻を変えたり仕事を変えたりしてもフツーに暮らしていけて、そのわりに何かに異常に打ち込んでいるとか、あまりにも人生がメチャクチャになっていて笑えるほどヤバいとかいうような個性的な描写があるわけでもないので、ミドルクラスでそこまで金に困ってない女性のなんとなくの自分探しか…みたいなところがちょっと鼻につく。ユリヤがフェミニストぽい考えを持っていてオンラインでそういうものを書いていることとかが前半で出てくるのだが、そのへんの描き方が全然リアルじゃない…というか、ああいうものを書いたら叩かれまくるはずなのにその後の掘り下げもなくさらっと流されている。前半のフェミニズム的な話はほぼ全部生煮えで「出てきただけ」みたいな感じで終わっている。

 一方でアクセルが性差別的な漫画を描いてラジオで批判されたこととか、大病にかかったこととかはけっこうちゃんと描かれており、むしろアクセルのほうがユリヤよりだいぶ複雑な人に見える。さらにこのアクセルが性差別的な漫画を描いていたことは全然拾われないまま、ガンになってユリヤへの想いがまだあることを認めて死んでしまう。病気でかわいそうだからといって性差別がうやむやにされるわけではないと思うのだが、この映画はそのあたりにあんまり踏み込まず、うやむやにしておくのを複雑さと勘違いしているように見える(こういう「死んじゃうんだからOKだろ」みたいなのはけっこう見かけるが、現実の人生ではともかく、映画で見るのは私はあまり好きではない)。