あれって何だったんだろう…『aftersun アフターサン』(ネタバレあり)

 シャーロット・ウェルズ監督『aftersun アフターサン』を見てきた。

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 1990年代末、11歳のソフィ(フランキー・コリオ)が31歳になる父カラム(ポール・メスカル)とトルコで過ごした休暇を、その20年後に大人になったソフィ(セリア・ロールソン・ホール)が回想するという枠のある作品である。90年代の話が主だが、ソフィが撮ったビデオ映像と現在のソフィの場面が少しずつ入る。90年代の話はだいたいはソフィの記憶らしいのだが、たまにカラムだけの場面があり、これはおそらくはソフィの想像か何かだと思われる。

 何しろ子どもの目を通して過去が語られるという形なので、ソフィはかなり「信頼できない語り手」で、いったいカラムがなんで憂鬱そうなのか、具体的に何が起こっているのか、といったことはよくわからない。ソフィが大人になってからああでもない、こうでもない、あれって何だったんだろう…と考えている迷いをそのまま映像化したような作品である。そこが非常にリアルなのだが、ミステリアスでもある。

 カラムの憂鬱の理由について作中では明確な答えが示されておらず、観客の解釈にまかされているのだが、私の解釈ではたぶんカラムはゲイなんだろうと思う。途中、リゾート地のカラオケ大会でソフィがR.E.M.の「ルージング・マイ・リリジョン」をリクエストして父親と一緒に歌おうとするが、カラムがすごく嫌がって歌わない、という場面がある。私はこの曲がものすごく好きなのだが(この歌もまた解釈がオープンで、別に無神論の歌ではないようにも思うのだが、信仰を失う時の気持ちをとてもよく表現した曲としても解釈できる思っている)、まあこんな曲リゾートのカラオケで歌いたい奴はいないだろと思う一方、R.E.M.マイケル・スタイプクィアなアーティストで、「ルージング・マイ・リリジョン」も男性に対する報われない恋と自身の同性愛を認めることについての歌ではないかという解釈もある。そう考えると、カラムが人前でこの歌(ソフィによると大好きらしい)を歌いたくないというのは本人のセクシュアリティに関係していて、カラムにとってはこの歌は個人的な歌であり、人前でシェアしたい歌ではないからではないかと思った。

 大人になったソフィには女性のパートナーと可愛い子どももいる。おそらくソフィは自分と同じでお父さんも同性愛者だったのかもと考えているのかもしれないが、あまりはっきりしない。一方、HIVや差別で同性愛者が生きづらかった90年代に比べると、2010年代末の同性愛者は、まだひどい差別はいろいろあるとは言え、ソフィみたいに家庭を築いて子育てできる。お父さんも今ならもっと幸せに暮らせたかもしれない…とソフィは考えているのではないかと思う。