一番セックスしない奴が勝つスラッシャー映画~『首』(ネタバレ・下ネタ注意)

 北野武監督『』を見てきた。

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 織田信長加瀬亮)の家臣たちの権力闘争を軸に本能寺の変とその後の展開を描いた時代劇である。史実に忠実かどうかはあまり考えず、家臣たちの憎々しく暑苦しい人間関係や策謀を描くことに重点を置いている(このへんちょっとコーエン兄弟の『ミラーズ・クロッシング』に似ていると思った)。暴力描写も最初から最後までけっこうすごいが、笑うところはたくさんある。とくに豊臣秀吉(監督本人)、羽柴秀長大森南朋)、黒田官兵衛浅野忠信)のやりとりはまるでコントみたいである。

 一応時代劇…なのだが、なんか一番セックスしない奴が生き残るスラッシャーホラー映画みたいな作品である。スラッシャームービー(slashじゃなくてslasherのほう。まあこの映画はslashでもあるのだが)といえばセックスにふけるティーンエイジャーが殺され、性的に純潔なファイナルガールが生き残るのが定番なのだが、この映画はまあ全員が殺人鬼みたいなもんで、次に誰が殺されるかわからないし、ぼやぼやしているとすぐに死が襲いかかってくるし、死に方も刀でバッサリ切られるのでまるでスラッシャーホラームービーである。そしてセックスにふけっているのはアホなティーンエイジャーなどではなく、中年の地位も力もある男性である。

 そして本作ではとにかくセックスが非常に危険なこととして描かれている。明智光秀西島秀俊)は荒木村重遠藤憲一)と恋愛関係にあり、明智は謀反人になった荒木を切り捨てられずにイチャイチャしていたのだが、そのせいでいろいろ秀吉チームに策略を仕掛けられて最後は死に、荒木もえらいことになる。信長が死ぬのも明智やら荒木やらにセクハラしまくっていたのが遠因だ。この映画では弥助(副島淳)が信長を切るのだが、これも信長が弥助の面前で森蘭丸寛一郎)とイチャイチャするなど悪質なセクハラ、パワハラを繰り返して奴隷扱いしていたせいである。この映画では誰かと寝ると恨みを買ったり、情が湧いたりして必ず失敗して死ぬ。天下布武のためにはセックスは人間関係のトラブルを伴う邪魔物なのである。

 このデスゲームで勝ち上がれるのは性的に純潔な人間である。秀吉は史実ではたぶん女好きで、フィクションでも好色な男として描かれることが多いと思うのだが、この作品では不能感満載で全く色恋に興味がなく、少なくとも画面にうつっているところだけから判断すると童貞に等しい。序盤でも自分は百姓出身なので侍の男同士の恋愛のことは全くわからないと言っているし、信長が世襲したいというのを嗅ぎつけた時の反応からし世襲、つまり子作りにすらそんなに重点を置いていないように見え、女性への興味もほとんど見受けられない(この映画は女性を体制維持のための生む機械としてすら描いておらず、ほとんど男性だけで完結する世界である)。そのかわりに色恋で結びついていないサイドキックとして官兵衛と秀長がおり、ファイナルガールならぬファイナルおじさんにして殺人鬼でもある秀吉をいろいろと守ってくれる。本作では、武士階級の人間は(主に男性同士の)恋愛やセックスのことで頭がいっぱいなのだが、百姓出身の秀吉はあまりそういうことを考えていないし、また武士の象徴とも言える首をとることにもこだわっていない。このこだわりのなさのおかげで秀吉は勝てる。

 この映画で二番目にセックスしないのは家康(小林薫)である。家康はよく知られた醜女フェチなので寝所に刺客のマツ(柴田理恵)を呼んでしまい、あわや殺害…ということになりかけるのだが(柴田理恵は『来る』みたいな映画ではめちゃめちゃかっこよかったりもするのだが、今回はえらい気合いを入れたブス作りをしている)、曽呂利新左衛門木村祐一)や服部半蔵桐谷健太)が気を利かせてくれたおかげでセックスせずに済み、そのおかげで助かった。家康は性欲よりも策謀が勝っているので生き残れたのだが、信長の直後にすぐ天下をとることはできない。全然セックスしない秀吉に比べると弱点があるからである。

 そういうわけで、この作品はけっこう(主に男性の)露出度も高いし性描写もあり、西島秀俊のお色気が充満する場面などもあるのだが、なまめかしいわりにはかなりアンチセックスな映画である。なまめかしいわりに内容がアンチセックスな映画というのは意外とあるのだが(『ドクター・スリープ』とか)、本作も恋愛やセックスを人間のイヤなところを引き出し、不幸にするものとして大変ネガティブに描いている作品である。今年の日本映画は『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』やら『正欲』やら『こいびとのみつけかた』やら、「もう恋愛やセックスに希望はない!」みたいな映画が多かったのだが、本作もそういう潮流の作品だと思う。