ヒンドゥーナショナリズムと差別を辛辣に批判する暴力アクション~『モンキーマン』(ネタバレあり)

 デーヴ・パテール初監督作Monkey Manを見てきた。パテールが脚本や主演もつとめている。

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 主人公のモンキーマン(実名は不明)は小さな頃に母を亡くし、ヤタナ(ムンバイをモデルにしたインドのゴッサムシティみたいなやばそうな町)で闇ボクシングなどで生計を立てつつ復讐の機会をうかがっていた。高給売春クラブにボーイとして潜入し、母殺しの犯人で警察のトップであるラナ(シカンダル・ケール)暗殺にもう一歩というところまで近づくが、うまくいかずにひどく負傷してしまう。ボロボロになったモンキーマンはヒジュラの神殿の庵主であるアルファ(ヴィピン・シャルマ)に救われ、神殿でトレーニングを積む。

 『ジョン・ウィック』シリーズに韓国アクションやカンフー映画などを足したようなかなり暴力的なアクション映画である。パテールはもともと子どもの頃から格闘技を習っていてかなり心得があるそうで、そのせいかアクションシークエンスは大変気合いが入っている。気合いが入りすぎたのか、撮影中にパテールは本当にけっこうなケガをしたそうだ(無理はしないでくれ…)。

 一方でこの作品が『ジョン・ウィック』などとだいぶ違うのは、信仰と政治が大きなテーマとなっていることだ。主人公のモンキー・マンは子どもの頃にハヌマーンがお気に入りのヒーローだったということで、一度大失敗をしたが復活したハヌマーンと同じ道を主人公も辿る(私のインドの神話の知識は少ないので、たぶん詳しい人が見たらもっと細かいところでもきちんと神話の参照があって面白いのだろうと思う)。また、ヒジュラ(インドのサード・ジェンダー)のコミュニティはシヴァとパールヴァティを祀る神殿に住んでいる。この映画ではハヌマーンもシヴァもパールヴァティも、貧しい者、苦しむ者、差別を受けている者などを助けてくれる神様で、ラナの後ろ盾であるシャクティ(マカランド・デシュパンデ)が象徴する個人崇拝的で権力志向の体制宗教とは対極にある。モディを思わせる政治家が出てくるところも含めて、この映画はヒンドゥーナショナリズムが真の信仰から離れて宗教を悪用していることを厳しく批判する作品だ。

 また、本作はそうしたヒンドゥーナショナリズムセクト主義的な硬直した宗教観を広め、カースト制度を強化し、差別を煽っていることも批判している。モンキー・マンはシャクティやラナの策略で住んでいた森の村から追い出された貧しい青年だし、ヒジュラのコミュニティも同様にシャクティ一派からひどい圧力をかけられている。アルファを演じている役者さんはヒジュラの人ではないのだが、ヒジュラコミュニティの描写はこの種のアクション映画としては非常にしっかりしたもので、さらに苦しんで耐えるばかりではなく最後にきちんと逆襲する(しかもそれが超カッコいい)のもいい。最後に死地に追い込まれたモンキー・マンを助けるのがヒジュラコミュニティの人たちとセックスワーカーのシータ(ソビタ・デュリパラ)なのも男性中心的ではなく、苦しんでいる人たちの連帯をうまく表現しているので良いと思うし、展開としてもこのあたりはかなりサスペンスフルで盛り上がる。

 全体的に極めてインドの現体制に批判的なのだが、最初にこの映画を配信で配給する予定だったNetflixはそのせいで日和って本作を売ってしまったらしい。ジョーダン・ピールが拾ってくれたので劇場公開されることになったそうだ。