タイトルからは想像がつかない楽しいアクションコメディ~『ポライト・ソサエティ』(試写、ネタバレあり)

 二ダ・マンズール監督『ポライト・ソサエティ』を試写で見た。www.youtube.com

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 ロンドンの南アジア系コミュニティが舞台である。パキスタンムスリムの一家の娘であるヒロインのリア(プリヤ・カンサラ)はスタントウーマンを目指して武道修行に励んでいたが、蹴り技がなかなか決まらず悩んでいる。さらにアーティスト志望だった仲良しの姉のリーナ(リトゥ・アリヤ)がスランプに陥り、金持ちの息子で医学研究所の設立者であるサリム(アクシャイ・カンナ)と急に結婚することになる。姉が夢をあきらめたことやサリムがなんとなくうさんくさいことに危険を感じたリアは2人を引き裂こうとするが…

 序盤は姉妹の間の感情のすれ違いをテーマにしたホームコメディ…かと思いきや、中盤くらいから本当にサリムの一家にヤバい秘密があることがわかってきて、終盤は陰謀を暴き、強制結婚に対抗するためにリアが学校の友達を巻き込んで戦うアクションコメディになる。この強制結婚が本当に強制…というか、リアとリーナの両親は娘たちのことを心から大事にしているので、秘密がバレた後は結婚をやめさせようとするのだが、サリムの一家は大金持ちなので、警備係などを総動員して暴力でリーナをつかまえて結婚させようとする。コメディらしい誇張した表現なのだが、たぶんこれはイギリスの南アジア系移民社会で、あまり乗り気でないのに家族から結婚をすすめられてなんとなく結婚し、後で後悔する人がいる状況を象徴的に表現しているのではないかと思う(『きっと、それは愛じゃない』ではもっと現実的にロマコメの枠でそういう状況が扱われていた)。さらにImmaculateと同様、女性の身体は常に生殖に関する自己決定権を奪われる危険にさらされており、気付かないうちに危機が忍び寄ってくることもあるということがこれまた誇張した形ながらも「あー、でもこの小規模バージョンはたしかにあるな…」と感じられるようなやり方で提示されている。自分の人生が大事なら結婚や出産をあたかも「自分で選んだ」ような見せかけのもとで押しつけられる状況からは逃げねばならないということをポジティブに示している終わり方だと思う。

 全編かなり笑えるところがあり、スタントウーマンを目指すリアが回りからはそんな非現実的な夢はあきらめて医者になるようすすめられるところは、イギリスの南アジア系ステレオタイプにもとづくジョークで笑ってしまった。医者になるのもものすごく大変に思えるのだが、イギリスは南アジア系の医師が多く、成績のいい子はたぶん医学部に行けと言われるのだと思うので、そのあたりを背景にしているのだと思う。既に『ベッカムに恋して』あたりで既に南アジア系の移民家庭の娘は昔ながらの良い結婚をするだけではなく、できるだけレベルの高い大学に行って安定的に稼げる専門職につくことを期待されているという描写があったので、南アジア系のミドルクラスの子どもたちはすごいプレッシャーなのだろうな…と思う。なお、リアは実際の有名スタントウーマンであるユーニス・ハサートに憧れており、ユーニスが声の出演もしている。『フォール・ガイ』と同じく映画やテレビのスタントに敬意を払った作品でもある。

 大変楽しい映画で、荒唐無稽なジョークの後ろに現実が垣間見えるところもある良い作品だと思うのだが、このタイトルからは修行中の若き女ドラゴンが陰謀と戦うアクションコメディは想像しないと思うので、そこはなんとかしたほうがよかったのではないかと思う。イギリスでも評価が高いわりにお客さんが入らなかったそうで、そりゃあ『ポライト・ソサエティ』で南アジア系の家庭の話です…と言うと真面目な人間ドラマ的なものを想像すると思うので、宣伝が悪かったのではという気がする。日本語タイトルももっと盛り盛りでバカっぽくていいからわかりやすい感じのものにしたほうがよかったのではと思った。