Netflixでドキュメンタリー映画『イベリン 彼が生きた証』を見た。
主人公であるノルウェーに住んでいた青年マッツの家族やゲーム仲間などに対するインタビューと、ゲームのログなどに基づいて再構成されたアニメーションで作られた、ちょっと風変わりな作りのドキュメンタリー映画である。デュシェンヌ型筋ジストロフィーという病を抱えており、車椅子から離れらない状況で暮らしていた。病状が安定しない中、オンラインゲームを唯一の楽しみとしていた。家族はゲームばかりしているマッツを心配していたが、マッツが若くして亡くなった後、実はマッツはWorld of Warcraftの世界では私立探偵イベリンとして知られるそこそこ有名なゲーマーで、多くのゲーム仲間から尊敬されていたことがわかる。
イベリンは思いやりがあり、トラブルを抱えている他のゲーマーの話を聞いて助けてあげるなど、World of Warcraftの仲間内では信頼されている存在だったそうだ。ASDで引き籠もり気味の少年と、そんな息子とうまくやっていけない母の相談にのり、かなり家族の問題が解決した…という話が出てくるのだが、このくだりのイベリンはちょっとビックリするくらい人間関係に関する気遣いができる人である。一方で人に好かれるのでけっこうなプレイボーイでもあり、ゲーム内のガールフレンドをほったらかして他の女の子とよろしくやり、仲間を傷つけてしまうこともあった。
病気が悪化するにつれ、そんな優しいイベリンもストレスで他人を思いやれない状況に追い込まれていく。イベリンは自分の病気をゲームコミュニティに知られたくないと思っており、不必要に強がったり、ウソをついたりしてゲーム内でいろいろトラブルを起こし、今まで築き上げてきた信頼もだだ下がりになってしまう。結局は病気であることを打ち明けざるを得なくなるのだが、このあたりのくだりはイベリンを理想化せず、率直に描いている。率直になった結果、イベリンはなんとかコミュニティ内での信頼を取り戻すことができた。このため亡くなった時にはたくさんのゲーマー仲間から追悼され、今でもゲーム内で法事のようなことが行われているそうだ。
予告を見た時はちょっとエイブリズム的なところもあるかも…という気がして心配していたのだが、実際に見てみると、たぶんマッツ自身にエイブリズム的な価値観を内面化してしまっていたところがあり、そのせいで自分の病気を打ち明けられなくて苦しんでいたのだな…ということがかなりわかるようになっている。これはおそらく長期間にわたる病気や障害を抱えた多くの人が実際に苦しんでいることで、頭ではそんなことはないと言い聞かせていても、心の中ではなんとなく自分を含めた障害のある人を低く見てしまうことがあるのだと思う。そのあたりのリアルな描写も含めて大変よいドキュメンタリーだと思う。