ロンドンから図書館に関する大阪府政に怒りを露わにす

 ここのところロンドンについてばかり書いていたのだが、日本のニュースで久しぶりに激怒したくなるものがあった。


図書館相談 まるでクイズ…「大阪府民やり過ぎ」知事苦言


 某大阪府知事大阪府立図書館のレファレンス事例に文句をつけているという話なのだが、この文句がどう見てもバカすぎる…こいつ図書館とか全然使ったことないもないし、たぶん興味もないであろうことがバレバレである(いろいろいろなものを閉鎖したがっている人にふさわしい文句である)。


 問題は、大阪府知事もこの新聞記事も、「事実の調査」は図書館の仕事ではないと誤認しているらしいことである。記事には「要望に応じて関連蔵書を紹介することは、図書館法に基づく業務の一環だが(中略)直接答えを求める相談も多かったという」とか書いてあって、まるで事実の調査は図書館の本来の業務じゃないみたいな言い方をしているが、これは大きな間違いである。


 レファレンス事項にはいくつか種類があって、分け方もちょっと違ったりすることもあるみたいなのだが、私が資格をとった時には以下のような分類があると習った。

1. 所蔵の調査(ある本を図書館が持っているか、ないとしたらどの図書館に行けば手に入るかについての調査。「『燃えよ剣』を読みたいんですが、図書館にありますか?」)


2. 文献調査(あるテーマについての文献紹介依頼。「京都議定書について夏休みのレポートを書きたいのですが、本の探し方がわかりません」)


3. 書誌事項に関する調査(ある本の詳細情報についての調査。「『大漢和辞典』が初めて発行されたのは何年か調べたい」)


4. 事実に関する調査(ある事項について答えを知りたい場合の調査。「人類が初めて月についた正確な日付を知りたい」)


5. レフェラルサービス(専門的な機関への紹介を行うサービス。「エイズ予防の啓蒙活動について専門的な資料を提供してくれる機関を紹介してほしい」とか。多くの場合、上記の4つどれかに該当する質問に区立図書館などが回答を提供できなかった場合、レフェラルサービスを行う。)


 で、この他に「答えてはいけない質問」というのもある。だいたい以下のような感じである。

・専門的な医療や法律などに関する相談(「乳ガンに関する本を読みたい」とかは答えていいのだが、「乳ガンと診断されたが医者が信用できないので治療法を考えてくれ」とかは答えてはいけない)


・美術鑑定(「うちの掛け軸を鑑定してほしい」)


・他人の名誉や人権を毀損するもの(「うちの近くに昔被差別部落があったらしいが、どこか」という質問はたぶん答えてもらえない可能性が高いと思う。)


・他人の生命などを害する可能性があるもの(これが結構微妙。「一番効率が良い自殺方法を教えろ」は、回答してくれない司書も結構いると思う。)


・レポート等の作成依頼(「夏休みの自由研究で日本舞踊をとりあげたいので本を紹介してくれ」は答えてよいが、「日本舞踊についてのレポートを書いてくれ」はダメ)


・将来の予想に関するもの(「明日の競馬ではどの馬が勝ちますか?」)


・外国語の翻訳や古文書解読など(これはたぶん場合による。「宿題の英作文やってくれ」とかは却下だが、「親戚の持ってた古い本から出てきたくずし字の手紙を読みたいんだけど読み方がわからん。どうしたらいい?」だったら、くずし字について勉強できる本を紹介してくれたり、文書館とかにレフェラルサービスをしてくれるかもしれない。)


 …で、記事に出てきている「日本人の好きな魚ベスト3は」「日本で初めてワインを作った都道府県は」とかは明らかに4つめの「事実の調査」に該当するし、「回答してはいけない質問」に該当するわけもないので、大阪府民が文句をつけられるいわれは全くないと思われる。この二つの質問はビジネス関係の質問である可能性もあると思うが、神奈川県立川崎図書館とか、アメリカのニューヨーク図書館とかはビジネス支援に力を入れているので、そういう図書館では商売やる人が上に出てきたようなたぐいの一見どうしようもない質問をしょっちゅうしているんじゃないかと思う(まあ、上の質問の答えを自分で調べられないような人が商売で成功する可能性は低そうだが)。ひょっとしたら某大阪府知事は図書館はビジネス支援とかをするようなとこじゃないと思っているすんごい教養主義的な方であらせられるのかもしれないが、最近の図書館は黙って本読むだけのとこじゃないんである。


 ちなみに「本にかびが生えた時の対処法は」という質問は、本の専門家にきく質問としては極めてまっとうなもので、いったい何が問題だと思ったのか私にはさっぱりわからん(司書にきいたらきっと正しい虫干しの方法とか教えてくれるよ)。どこがどうおかしいのか教えてださい。



 あと、これは授業で習っただけで元データが手元にないのであまり自信ないのだが、現在の日本の図書館だと、レファレンス司書にかかっているコストは質問1件あたり2000円〜3000円くらいらしい。ただし司書はだいたい9:00-17:00とかで勤務していて固定給であり、質問をたくさん受けると歩合で給料が高くなるとかではないので、質問件数が増えると質問一件あたりのコストは低下するはずであるとかなんとかいう話だった。そうなると、質問を減らすよりも市民がいっぱい質問をして図書館を使い倒したほうが質問一件あたりのコストは下がるはずなのだが…ただし、これには図書館自体をなるべく効率的に運営するとか、きちんとしたレファレンスができる司書を雇うとか、そういう前提ができていて初めて成り立つ話である。某府知事の言っている内容からは、司書をクビにして図書館の予算を減らしたいという考えがミエミエのように思うので、たぶんこの某府知事のもとでは図書館のまともな運営は望めないであろう。




 あともう一言言っておくと、ナショナリストの皆さんはこの某大阪府知事に怒ったほうがいいかもしれない。日本は伝統的に趣味として生涯学習することが盛んだと言われており(戦国時代に来日した宣教師は日本人が思ったよりも文字に親しんでいることにびっくりしていたし、江戸時代には一般庶民が俳句やら踊りやらを習っていた。知り合いに江戸時代の農村における書画会とかを研究している人もいるのだが、田舎の人も思ったより芸術に親しんでいたらしい)、一見どうでもいい知的探求を行うことが立派な庶民の趣味として認められていたらしいのだが、こういう変な質問を図書館に持ってくる人たちはそういう伝統をきわめて忠実に受け継いでいるとも言える(「とも言える」だけ。私がそう思っていると言いたいわけではない)。そう考えると、ナショナリストの皆さんは、一般庶民の趣味的な生涯学習を妨害している某府知事は日本の伝統を無視しているとか言って頭から湯気を立ててもいいかもしれない。