志は高い『ペルシャ猫を誰も知らない』

 『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』に続いて『ペルシャ猫を誰も知らない』を見た。

 これはテヘランで当局の弾圧を受けながらロックをやっている若者たちをセミドキュメンタリー形式で描いた作品で、出演者のほとんどは実際にバンドをやっている人たちらしい。その上、撮影許可も出ないのでものすごい短期間でゲリラ撮影したとか。そんなわけで描写はかなりリアルである。
 なんてったって本人が弾圧を受けている映画監督バフマン・ゴバディがやっぱり弾圧にめげず音楽活動をしているミュージシャンを描くってことで、この映画の志はものすごく高い。その志と努力だけで見る価値あるし、金払ってこの監督と出演者を支援する価値があると思う。


 …しかしながら、ロック映画としてどうかっていうと私はイマイチ脚本がうまくないような気がした。たぶん短期間でゲリラ撮影したからだと思うのだが、脚本が非常に説明不足な気がする。最初、実際に監督が出てきて楽屋落ちのような感じなるところは面白いのだが、その後の作り込みがちょっと…
 まず、ヒロインのネダルとそのボーイフレンド、アシュカムがやっているバンドのキャラがあまり立ってない。ネダルは細い声(いわゆるロック声ではない)にジャニス・イアンみたいな暗い詩を書くメガネの若い女性で、普通の感覚だとこの手の女性ミュージシャンはバンドを組まずにシンガーソングライターやってるんじゃ…と思うのだが、なんでバンドをやってるのかとかそのへんの説明がない。イランでは女性がひとりで音楽活動できないのかもしれないし、アシュカムとつきあってるからバンドやってるのかもしれないが、付き合ってるだけで一緒にバンドやるかねぇ…なんかそれって安易じゃない?
 で、このネダルとアシュカムがやってるバンド、編成が非常にヘンである。アシュカムはロック声なのにネダルはシンガーソングライター声で、この二人がデュエットでヴォーカルをとるのだが非常に声質があってない感じ。音の取り方が悪いのか、そもそもネダルの声があんまり聞こえなくなっている箇所も多く、私は全然このデュエットにケミストリを感じなかったのだが…まあでもこういう「ヘンな編成のインディバンド」っていうのも一応テヘランのリアルなのかなぁ。
 そんなわけでこの二人のバンドはキャラが薄いのだが、一方でマネージャーみたいなことをしている密造屋のおっさんナデルは大変面白い。明らかにこの二人を食っている。
 ただ、主役のバンド以外のバンドはおおむね大変良かった。とくにラッパーたちはすごくうまかったような気がするし、あとメタルバンドもかなりしっかりした速弾きでいいと思った。

 あともうひとつ脚本で疑問だったのは、バンドの演奏中の映像のつなぎ方である。ナデルが狂言回しみたいに主役のカップルをいろんなバンドのとこに連れてってテヘランの最新音楽を聴かせるっていう設定で様々なバンドを紹介するのだが、まあそもそもこの設定事態が結構弱い…というのはあるものの、バンドの音自体は良いのでよいとしよう。しかしながらバンドの演奏中にずーっとテヘランの風景を思わせぶりなPVっぽくつないだ映像ばっかり流すのはどうなのかねぇ…あんまりやると飽きてくると思うのだが。ラップの歌詞に街の映像をあわせたところはピッタリあっていて良かったのだが、テヘランの貧富の差とかを見せたいんならあれだけでよくて何度も繰り返す必要はなかったんじゃないだろうか。

 そんなわけで脚本については弱いところがあったと思うのだが、志、努力、演奏の質については完全に満足できる内容だったし、イラン情勢か音楽に興味ある人にはすごくおすすめできるものだった。厳しいこと書いたけど基本面白い映画です!