あうるすぽっと、文学座『ガリレイの生涯』〜戯曲は素晴らしいが演出がストレートすぎると思う

 あうるすぽっと文学座の『ガリレイの生涯』を見てきた。やはりブレヒトの原作がすごく優れていると思ったのだが、演出のほうはちょっと真面目でストレートすぎるのでは…という気がした。

 話はガリレオ・ガリレイの後半生をかなり丁寧に追ったもので、ガリレイの科学に献身的に尽くし理性を信じる天才としての側面と、研究のためには小細工を弄してお金を集め、美食に目がなく、かつ非常に自分勝手で娘や弟子や隣人の前ではわがまま、という俗っぽく人間らしい側面の両方を描くことで、所謂天才とか英雄をもっと地に足のついた人間像として多様な角度から描くことを目指す一方、学問の自由を抑圧することと科学中心主義の両方に厳しい批判の目を向けるという、非常にいくつもの層があるバランスのとれた芝居だと思った。

 まずこの芝居は、既存の権威が学問の自由を抑圧することを厳しく批判している。最初、ガリレイが学問の自由が保証されているが給料が安いヴェネツィア共和国の大学でロクに研究費も研究時間もとれない、というところはまるで現代でも通用しそうな感じだが、これはつまりヴェネツィア以外ではカトリックの権威が学問にまで及んでいるからであって、最初からガリレイカトリックのせいで移動の自由を制限されている科学者として登場する。お金と自由な時間を求めたガリレイフィレンツェに移るが、結局は教皇庁ににらまれ、拷問の恐怖におびえて学説を撤回せざるを得ない羽目に陥る。

 一方でこの芝居は単に学問の自由をたたえるだけではなく、科学者はいかなる倫理的責任を負わねばならないのかということについてもかなり突き詰めて考えている。ガリレイは最後、教皇庁に迎合したフリをしつつ『新科学対話』を書き上げ、やってきた弟子にそれを託す。弟子のアンドレアはそれを喜んでガリレイ面従腹背の抵抗戦略を称えるが、ガリレイはそれに対してかなり強い自己批判で応え、社会全体のためには本当は科学者というのは戦わねばならないことがあるのではないか、大衆とのつながりを失った科学には意味はない、自分は英雄などではないのだ、ということを言う。この点において、ガリレイは偉大な天才であるが欠点もあり最終的には敗北してしまった哀れな科学者であり、英雄として称えられるべき存在ではない。ブレヒトの芝居では感情移入があまり推奨されないのだが、このガリレイ像というのもやはり異化効果のたまものなんだろうなと思う。『肝っ玉おっ母』のおっ母もそうだが、こういう人物というのは観客にとっては非常に同情を誘う人物ではあるものの、その選択には同意できない、失敗者である、という意識も観客には強く働くわけである。

 全体としてこの芝居を見ていて思うのは、「どうして知識人はナチスの台頭を防げなかったのか」「なぜ民衆のために働くべき科学者が原爆を作ったのか」というような科学に関する厳しい問いがかなり前面に出ていることである。原爆投下でショックを受けたブレヒトは本作の台本を書き直したそうでこれも非常に強いテーマとして働いているのだが、さらに下にあるものとしてはナチスによる言論の自由の抑圧というのもあると思う。ガリレイ教皇庁に勝利できなかったことは知識人がいくら頑張ってもナチスに勝てなかったことに対応するだろう。あと、あっかんべえ気味のユーモラスなガリレイの肖像が途中出てくる演出があるのだが、あれはアインシュタイン(心ならずも原爆を生んでしまった)とガリレイを重ね合わせる効果があっていい。しかしそういう暗いテーマが決して真面目なだけにならず、歌や冗談をまじえて時にはおもしろおかしく、時には切々と展開されるというところにブレヒトの醍醐味があると思う。

 と、いうことで、三時間近くあるのに全然飽きない、今でも非常に考えさせられるテーマを大変巧妙に面白く処理した台本だと思うのだが、演出は全体的にストレートすぎてあまりにも教育劇っぽいというか、異化効果も笑いも足りないかぁ…という気がした。当時の天文学についてかなりの長い専門的な台詞があるのだが、そういうのはもうちょっと視覚的ギミックで見せてもいいと思うんだけど、図表が登場する程度でかなりお行儀よく真面目になっており、ちょっと教育番組っぽかったと思う。石田圭祐ガリレイはいいんだけれども最後のあたりとかはやや感情に流れていて異化効果っていう感じではないかも。ブレヒトは感動させる芝居ではなく、笑わせて考えさせてくれる芝居であってほしいと私は思っているので、その点ちょっと私の好みとは違ったかなぁ…あと、わりと台詞が噛み気味だったりする役者さんも多く、台本の翻訳が堅いのではという気もした。もうちょっと言いやすい台本を作れそうな気がする。

 参考:一緒にいったにくさんのレビュー
   「科学者という「何にでも手を貸す小人の輩」 ブレヒト『ガリレイの生涯』