人生はキラキラのT.レックスだけでできてるわけじゃない〜『チョコレートドーナツ』(ネタバレあり)

　新宿シネマカリテで『チョコレートドーナツ』を見てきた。大ヒットで拡大公開しても大混雑ということだったので、そろそろ落ち着いただろうと思って見に行ったのだが、相変わらず水曜日は全部売り切れで前から二番目の席しか残ってなかった。

　舞台は1979年のカリフォルニア。ドラァグクイーンで歌手でもあるルディ(アラン・カミング)は検事でクローゼットなゲイであるポール(ギャレット・ディラハント)と出会いたちまち恋に落ちる(一度ケンカはするのだが)。ルディの隣には麻薬中毒のシングルマザー、マリアンナが住んでいるのだが、ダウン症であるその息子マルコはほったらかされており、とうとうマリアンナは麻薬で刑務所に入れられてしまう。施設から逃げ出して街をさまようマルコをほうっておけないと思ったルディはポールに相談し、二人で同棲してマルコを引き取ることにする。同居中のいとこのフリをしてマルコの里親になったルディとポールだったが、二人がゲイであることが周囲にバレてしまい、ルディとポールはマルコから引き離されてしまう。ルディとポールはいまや愛する息子となったマルコを引き取るため法廷闘争に挑むが…

　とにかくルディを演じるアラン・カミングの演技が圧巻で、爆笑ユーモアから深遠な悲しみまで幅広いレンジの演技をいともたやすくナチュラルに行き来してみせ、さらには歌(これが上手い)や踊りまでこなす芸達者ぶりは一世一代の名演と言えると思う。相手役のギャレット・ディラハントは若い頃のジョン・クリーズに激似なのだが、カミングとは対照的な抑えた演技で良い。またまたマルコを演じるアイザック・レイヴァも非常に良くて、ご本人もダウン症らしいのだが、最初の虐待を受けていた時の堅い表情がルディとポールに引き取られてちょっと緩み、また引き離されてどんどん元気がなくなっていくあたりの演技が実に繊細だった。

　脚本とか演出も非常に丁寧で良い。とくにポールとルディが互いに逆の方向を向いてマルコについて話し合うあたりの演出とか、非常に繊細だなと思った。70年代の雰囲気を再現した服飾や美術はとくに魅力がある。個人的には最後にルディとポールが弁護を頼むアフリカンの弁護士ロニーが異常に70年代っぽいところが可笑しくて、あれは絶対監督がブラックスプロイテーション映画のファンだからだと思ったんだが、どうなんだろう。

　
　実はこの話、予想以上の洒落にならないほど悲劇的な終わり方をする。しかしながら最後にルディがザ・バンド(作曲者はボブ・ディラン)の'I Shall Be Released'を歌い、解放への闘いはまだこれから続く、そしていつかは成功するのだ、というどん底での希望を暗示する結末が用意されている。ここで面白いのは、ルディが歌うのがグラムロックとかではなく、アメリカーナ、カントリーであるザ・バンドの曲であるっていうことである。一方でルディの「敵」であり、育児放棄した麻薬中毒者であるマリアンナはやたらにT.レックスを大音量でかけて麻薬でトンでいる。普通ならキャンピーなゲイのルディがT.レックスを聴いててそうなもんだが(Children of the Revolutionを聴いて自由を夢想しててもおかしくない)、この映画では一聴してキャンプなT.レックスがゲイピープルの敵の音楽で、ゲイのルディは普通のイメージでは聴きそうにないカントリーを聴いているのである。いかにもゲイゲイしいT.レックスをきいてトンでいるマリアンナが、もっと断然真面目に金を稼いでいるルディをオカマ野郎などと罵倒するのは実に馬鹿げていて、おそらくは「知らず知らずのうちにセクシャルマイノリティから恩恵を受けているのにそれに気付かずセクシャルマイノリティ差別をする人々」を諷刺してるんじゃないかと思う。そういえば『ダラス・バイヤーズ・クラブ』では薄幸の佳人的な役どころであるトランスジェンダーで麻薬中毒のレイヨンがT.レックスを聴いていたが、アメリカではT.レックス＝麻薬というイメージでもあるんだろうか。またまたルディがザ・バンド/ボブ・ディランを歌うのは、映画全体の自由とか解放というテーマに最後を結びつけるためという以外に、ステレオタイプの打破、人間にはいろんな面があることの暗示っていうのもあるのかもしれない。ルディはドラァグクイーンで歌手でキャンピーなゲイだが、家に帰れば家庭的で子育てに熱心な親だ。華やかに見える人の人生が全部ディスコやキラキラのグラムっていうわけではない、ということをこの選曲は示しているのかもしれない。