古くさくてつまらないふつうの映画〜『エル』(ネタバレあり)

 ポール・ヴァーホーヴェン監督の新作『エル』を見てきた。非常にコントロヴァーシャルな映画だというのでどんだけ凄いのかと思って見に行ったら、古くさいネタを引っ張り出してきてさも新しいかのように装ったふつうの映画で拍子抜けした。イザベル・ユペールの演技だけは凄いが、それ以外は全然つまらない。

 ヒロインのミシェル(イザベル・ユペール)はゲーム会社社長で不倫やらなんやらいろいろトラブルを抱えているが、それなりにうまくやっている女性である。ある日突然、住居に侵入されてレイプされ、さらに会社の職員全員にミシェルの顔を使ったゲームの猥褻なパロディ動画が送られる事件も発生する。一方でミシェルは隣人の夫に色目を使い始めるが…

 隣人のパトリック(ロラン・ラフィット)がレイプ犯だろうなというのは見ていて普通に途中で予想がつくので、謎解きとしては全く盛り上がるところは無い(そういうのは目指してない映画である)。さらに、知らない人のはずのレイプ犯が実はヒロインが関係を望む相手だった…というような展開はローマ喜劇であるテレンティウス『義母』(レイプ犯が後の夫)からあるものだし、ジョー・オートンの『執事が見たこと』とかにもちょっと似たようなネタがある(ジョー・オートンでははっきりとドタバタ不条理劇に組み込まれている)。さらに、暴力的な支配のためのセックスから病的な性的関係が始まってしまうという展開ではリリアーナ・カヴァーニの『愛の嵐』(ナチスの軍人と性奴隷にされた女囚が逃避行する)みたいに極めて直接的にタブーに切り込んだ作品があるし、十七世紀のお芝居『チェンジリング』はこのテーマを極めて深く掘り下げてる。『エル』は基本的にこの手のかなり使い古されているとも言えるテーマをいかにもポストモダンっぽい一歩引いた調子で、感情の無い登場人物を出してきて「新しいですよ〜」「タブーに挑戦ですよ〜」みたいに撮ってるだけで、『チェンジリング』など、セックスと権力とコントロールを扱った先行する古典には全く及ばないと思う。さらに謎解きミステリを目指してないわりには、ヒロインが帰宅するたびに似非ヒッチコック風のわざとらしい撮り方で恐怖を煽る演出があり、そういう気取ったところにも辟易する。全体的に全く感情に重点を置かない演出も平板だ。なお、一応ベクデル・テストはパスする。