ジム・ジャームッシュの新作『パターソン』を見てきた。
主人公パターソン(アダム・ドライヴァー)の一週間を描く映画である。パターソンはニュージャージー州パターソンでバスの運転手をしており、アーティスティックだがちょっと思いつきに流されやすいところもある妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)と犬のマーヴィンと小さな家で暮らしている。朝早くから働き、毎晩犬の散歩をし、行きつけのバーで一杯やる暮らしの中で、ノートを持ち歩いて毎日詩を書いている。平穏な一週間が過ぎるかと思ったら、金曜日から週末にかけて事件が起こり…
非常によくできた映画で、最近見た映画の中ではピカイチに良かった…のだが、何が面白かったのかなかなか説明しづらい。まずは日常生活をちょっとした笑いをこめて丁寧に描くディテールが面白く、バーでの会話とか、犬の仕草とか、バスの中のちょっとした乗客の与太話とかがよく描けているというのもある。さらに主人公のパターソンが、最近見たどんなヒーロー映画の登場人物にも劣らないくらい人柄のよくできた立派な人であるにも関わらず(ふだんはファースト・オーダーに入ってるとは信じられない…というのは別の映画だが)、大変人間味があって魅力的だ。パターソンは素敵な詩を書きためており、類は友を呼ぶのかいろいろなところで他の詩人に出会うのだが、どの詩人も出版をするよりは自分の心のために詩を書くことを目指している。とあるきっかけでパターソンはそれまで書いた詩を全部失ってしまってひどいショックを受けるのだが、八つ当たりをしたりするのではなくひとりで悲しんで(イヌにはさすがに文句を言ってた)、そんな時でも妻を気遣うところを見せる。そんな愛すべき人柄のパターソンが最後、まるで徳が報われたかのように新しいノートをもらう。パターソンはそこで新しい詩を作り始めるわけだが、それを見ているとパターソンの詩心というのは、優しくて日常のことに対して注意深く、ちょっとしたことにも美しさや驚きを見いだすことのできる人格の素晴らしさから来ているものなのだろうなという気がしてくる。
この映画はベクデル・テストはパスしないのだが、いくつかジェンダーステレオタイプにとらわれない描写があり、丁寧に描かれていることもあって非常に人間の多様さがうまく表現されているように思った。まず、パターソンはとても真面目な人で、一方で妻のローラははっちゃけた感じの女性なのだが、パターソンはそんな妻を心から愛して尽くしている。悪い人ではないがあんまり頼りがいの配偶者に尽くすというのはどっちかというと夫じゃなく妻に多い描写だと思うのだが、この映画のパターソンはあんまり男らしさにとらわれずに家庭生活を楽しもうとしていると思う。あと、バスの乗客の男性二人がめちゃめちゃいい女に言い寄られた話をする場面があるのだが、二人とも見た目がいかにも男男した外見である一方、セックスだけが目当ての女はちょっとねえ…という話をしていて、ここも男性はいい女とヤリたがるものだというステレオタイプをさりげなくひっくり返した表現になってると思う。パターソンの詩は、人の思い込みとか固定観念を拒んで人生の小さなところに美を見いだすという作風なのだが、こういう細かい人間描写は全部、パターソンの詩心につながっていると思う。こういう細かい差異を平たくならしてしまわずにデコボコのまま人生に向き合い、気づきを持つことこそ文学の心だ。この映画は詩の心をとてもあたたかく、明るく表現した作品だと思う。