傷つきやすい子どもの物語〜男優がヒロインを演じるRSC『サロメ』

 オーウェン・ホーズリー演出、マシュー・テニスン主演『サロメ』を見てきた。『サロメ』は短すぎてなかなかそのまま上演されることがないので、ストレートプレイの形でちゃんと全部生で見たのは初めてた。この上演は男優がサロメを演じていることがポイントだ(なお、ヘロディアス役は女優なのでオールメールではない)。

 舞台ははしごを組み合わせたような柱をたくさん建てたもので、ヨカナーンが入れられている井戸にもはしごがかかっている。衣装はだいたい現代風だ。パフューム・ジーニアスの音楽がたくさん使われている。

 主演のマシュー・テニスンはとても良かった。ほっそりして小さい、純粋なかわいらしい子どものようなサロメで、話し方なども男の子か女の子かはっきりしない、流動的な感じに演じられている。一方、ヘロドがいやらしい目で自分を見ることについて「ほんと意味わかんない。いや、本当はわかってるんだけど…」と言うところは、自分が性的虐待を受けそうになっていることに気付いている繊細な賢さが感じられ、痛々しい。ダンスの場面は周りの大人たちがサロメについて回る振付で、色気とかエロティシズムはほとんどなく、傷つきやすい肉体があらわになり、それを大人たちが不愉快にはやしたてるというショッキングなものだ。全裸になるところでは一瞬「子どもなのに!」と見ていてショックを受けたが、「あっ、大人の役者がやってるんだった…」と思い直した。なお、演出家はこの芝居について、『サロメ』は過激な演目と思われているが、十代の登場人物についての芝居なのでその年頃の子どもに向かないような作品ではないというようなことをプログラムで強調していたのだが、たしかにこの演出はそういうことを考えてやってるだろうと思った。全編にゲイゲイしいのだがエロティシズムも暴力も抑え気味で、十代の子どもで自分のアイデンティティに不安を持っているサロメがひたすら大人たちに搾取され、初めて恋したヨカナーン(唯一、サロメをいやらしい目で見ない男)に拒絶され、それを殺すことでやっと主体性を取り戻すという悲しい話である。それでも最後にサロメは大人の都合で殺されてしまうのだから、理不尽この上ない。

 しかしながら、こういうティーンエイジャーの不安や虐待を主題にしたせいで、全編の唯美主義的テーマは薄められている。サロメは主体性を持った美の求道者、手に入らない美に憧れるある種の芸術家でもあるはずなのだが、そういう側面はほとんど感じられない。とくにダンスの場面を痛々しい感じにしたせいで、美の力がわからなくなっているように思った。また、いろんなところでパフューム・ジーニアスの歌がけっこう長く挿入されているのはアクションの流れを損なうのであまり良くないと思う。もうちょっと全体に有機的に組み込むようにしないとダメだろう。全体としては、これはこれで有りだと思うのだが、一方で19世紀末のアヴァンギャルドシアターである『サロメ』を上演する難しさも感じた。