デヴィッド・リーチ監督『アトミック・ブロンド』を見てきた。壁崩壊直前のベルリンを舞台に、イギリスの切れ者スパイ、ローレン(シャーリーズ・セロン)の諜報活動を描いたスパイアクションである。
画像の質感とか撮り方とかは昔風の雰囲気なのだが、展開は典型的な最近のスパイスリラーで、ものすごく入り組んでる。入り組みすぎていてあまり洗練された展開とは言えず、お話じたいはたいしたことないと思う。とくに(ネタバレになるが)ローレンのガールフレンドだったデルフィーヌ(ソフィア・ブテラ)が危険に陥ってからはずいぶんとグダグダだ。
しかしながら、全体的に非常にスタイリッシュなのに生々しい撮り方でローレンの活躍を描写しており、とにかくカッコいいのでそれだけでお金を払う価値はある。ローレンはどこに行くにも完璧な服装で輝くように美しいのだが、行った先で格闘になるとそこからの展開がやたらリアルだ。アクション映画ってボコボコに殴り合ったりしてもあんまりアザが目立たなかったり、すごい打撃をくらってもヒーローがすぐ立ち上がって反撃したり、痛みを感じさせない美化した描写をすることも多いのだが、この映画はそういう暴力の理想化とは無縁である。銃撃戦をしてもお互いあんまり当たらないから接近戦になり、双方、そのへんにある叩くと痛そうな家具とかを手当たり次第に取って殴り合う(この描写がどれもこれもすんごく痛そう)。ローレンも敵も見苦しいくらいそこらじゅうから出血するし、打撃を食らうとお互いフラフラになって立ち上がれなくなる。ヒロインで最強であるローレンがまあ勝つのだが、毎日毎日殴り合いだと顔は青アザだらけになるし、肩や足は腫れるし、血は出るし、ホテルに帰ると手当と氷風呂が欠かせない。
しかしながらこの映画が面白いのは、ローレンがいくら殴られて顔をパンパンに腫らしても全然、犠牲者とか被害者といった雰囲気の悲惨な様子では描かれておらず、自信とプロフェッショナルな精神に満ちているということだ。だいたい映画で女性が殴られる場合、家庭内暴力とか性暴力とか非常に陰鬱な内容であることも多く、殴られて顔が腫れている女性というのは不必要にみじめに描かれがちだと思う。しかしながら『アトミック・ブロンド』のローレンは痛みになんとか耐えようとする人間らしいヒロインである一方、自分のパンパンに腫れた顔や肩に対して非常に冷静に対処していて、青アザだらけだから外に出られないなんてことは思ってもいない。もちろん家庭内暴力を告発する真面目な映画とかも必要なのだが、たまにはこういう自分の痛みに向き合いつつ冷静に対処するアクション映画のヒロインも必要だと思う。
そういうわけで痛みの描き方とかは大変良いと思うのだが、一方でローレンとデルフィーヌのロマンスがあまり掘り下げられていなかったのは残念だ。ローレンはレズビアンで(バイセクシュアルなのかもしれないが、少なくともこの映画ではボーイフレンドは一切出てこない)、フランスのスパイであるデルフィーヌに策略半分、気晴らし半分で近づくのだが、このあたりの描き方がちょっと半端で、ただセックスを楽しみながらスパイとして冷徹に振る舞っているのか、未経験なデルフィーヌにかつての自分を見出してちょっと情にほだされているのか、はっきりしないところがある(後半でローレンが人間らしい感情を出すところが2回あり、それはスパイグラスとデルフィーヌの死の場面である)。そうこうしているうちにデルフィーヌが非業の死を遂げてしまうもんで(デルフィーヌはスパイ映画の古典的な美女キャラであまり新鮮ではないと思う)、せっかくのソフィア・ブテラの持ち味が出し切れないうちに終わってしまってとても残念だ。ベクデル・テストはこの2人の会話でパスするし、ラブシーンはめちゃくちゃセクシーだし、どう見てもお似合いのカップルだし、いいところもたくさんあるのだが、女性同士のロマンスの描き方はイマイチだと思った。
音楽の使い方は全体的にとても気が利いていて、私はこの後ネーナの「ロックバルーンは99」がかかると絶対、あのラジカセつぶしの場面を思い出すようになるだろうと思う。ただ、『イングロリアス・バスターズ』にオマージュを捧げたデヴィッド・ボウイの使い方はパクりすぎっていうか、ちょっと鼻についた。