あわれピカチュウ~サム・ワナメイカー劇場『バーソロミュー・フェア』

 サム・ワナメイカー劇場でベン・ジョンソンの『バーソロミュー・フェア』(『浮かれ縁日』というタイトルで翻訳も出てる戯曲)を見てきた。あまり上演されないロンドンが舞台の都市喜劇で、ブランチ・マッキンタイア演出である。ブラックフライアーズ座を模した室内劇場であるサム・ワナメイカー劇場での上演で、私はここで上演を見るのは初めてだった(イベントでは入ったことある)。なお、椅子はすごく狭くて足もお尻も痛くなるので、ここで長い芝居を見るのはかなりつらいことがわかった。

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 ジョンソンの都市喜劇らしく話はえらい複雑で、多数の人間が登場する。スミスフィールドでやっていたバーソロミューの市を舞台に、ロンドン市民の色やら欲やらが交錯する作品である。ここは人形劇が行われるので有名だったのだが、芝居にはアマチュア人形劇作家のリトルウィット、その義母ピュアクラフト、ピュアクラフトを狙っている偽善的なピューリタンのビジー、治安判事オーヴァードゥなどをはじめとして、奥行きのある人物というよりはロンドン市民の典型みたいな人々がたくさん出てくる。

 

 美術や衣類は現代風で、市では現代のおもちゃを売っているなど、ロンドンの現代のマーケットを意識していると思われる。十数人の役者がひとり何役もこなす演出で、役者の負担はかなりなものだと思われる。客席もたくさん使う演出だ。

 

 ジョンソンらしい過剰な作品で、笑えるところはたくさんある。とくに若い富裕な娘グレイスを狙っている怒りっぽいワスプが、市場で売っているでっかいピカチュウのぬいぐるみで変装したオーバードゥ判事をぶん殴り続けるところはものすごく笑えた(ご丁寧に「俺のピカチュウよこせ!」みたいな台詞まで付け加えられている)。次の場面に出てきた時はピカチュウはボロボロになっており、あわれピカチュウといったところだ。

 

 しかしながら、これはジョンソンに限らず都市喜劇全般に言えることなのだが、諷刺があまりにも当時のロンドンに乗っかりすぎていて、今見てもあまりよくわからないところがけっこうある。背景知識があればまあ楽しめるところはあるし、うまく現代に敷衍すればいいのだが、『バーソロミュー・フェア』はかなり難しいような気がした。まず、カーラスがトラブルオールに変装し、それに気付かずピュアクラフト夫人がトラブルオールだと思い込んだままカーラスに求婚するというのは、現代の舞台ではかなり厳しい設定なので、もっと何か演出で理屈をつけないといけないと思う。このプロダクションではカーラスの役者とトラブルオールの役者の人種と背格好が違うのだが、現代のプロダクションだと、かなり役者同士を似せても「昼日中に服を変えただけで人を取り違えますかね…」という疑問が出てこざるを得ないので、何か工夫が必要だ(『十二夜』みたいに双子だとか、ベッドトリックみたいにやたら暗かったとかの説明があるなら見ててなんとなく許せるのだが)。あと、ジョンソンの芝居はちょっとミソジニー的なところがあると思うのだが、この芝居ではオーヴァードゥ夫人と妊娠中のウィン・リトルウィットが娼婦にされそうになるのだが、これは性暴力や売春目的の人身売買が問題になっている現代では笑って見られる設定ではないと思う。このあたりにはあまり現代化の工夫が感じられなかった。ジョンソンの喜劇なら、ニセ科学詐欺を扱った『錬金術師』などのほうがまだ全然現代的だし、あと見た時はけっこう難しいと思った『悪魔は頓馬』などのほうがいくぶんかは上演しやすいのではと思う。