アメリカの妖精譚~『アス』 (ネタバレ超注意)

  飛行機の中で『ゲット・アウト』のジョーダン・ピールの新作、『アス』を見てきた。

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 ヒロインのアデレード(ルピタ・ニョンゴ)は子ども時代、サンタクルズのビーチのミラーハウスで自分にそっくりな分身を見かけて以来、しばらく言葉を話せなくなった経験があった。大人になり、幸福な家庭を築いていたアデレードは、家族とともに同じサンタクルズのトラウマ源になったビーチに行くことになる。ある夜、ビーチハウスにアデレードの家族と生き写しのドッペルゲンガー一家が現れ…

 

 とりあえず純粋にけっこう怖いSFホラーである。最初はアデレードが分身に出会ったことが原因でアデレードの家族だけがドッペルゲンガーに狙われているのかと思って見ていたら、お隣さんのタイラー家も自分たちのドッペルゲンガーに襲われ、しぶとく抵抗するアデレードの一家と違ってかなりあっけなく殺されることになる(タイラー夫妻はアデレードと夫のゲイブに比べて夫婦仲がうまくいってなさそうだったので、そのへんが不利だった)。その後はアメリカ史、とくに奴隷制度などを折り込んだかなり大がかりなホラーになる。

 

 とくに何も考えずに見ても十分怖くて楽しめる映画なのだが、結末まで見ると考えざるを得ない…というか、このドッペルゲンガーが何を象徴しているのかということをどうしても考えてしまう。タイトルはUsだが、これは「わたしたち」という意味である一方、USと大文字で書くとアメリカ合衆国ということになるし、ドッペルゲンガーたちが「我々はアメリカ人だ」というところもあり、アメリカのなんらかの状況を象徴しているのは間違いない。アメリカにはよく知られていない地下道がいっぱいあるというくだりは奴隷の逃亡を助けていた19世紀の活動である「地下鉄道」を思わせるし、またドッペルゲンガーたちがウサギを食べているというあたりはアメリカ南部の民話であるブレア・ラビットの話などをちょっと思い出したりもしたので、奴隷制度の象徴であるのかもしれない…一方、ドッペルゲンガーは人種を問わずに存在する設定であり、むしろアメリカ合衆国においてミドルクラス以上の人々が見ないようにしてきたさまざまな困窮者、被差別者を象徴しているのかもしれない。

 

 そして(これ以降ネタバレが激しくなるので注意)、最後まで見て思ったのは、これはアメリカ式の妖精譚なのじゃないかということだ。あまりはっきりはネタバレしないようにできるだけぼかして書くが、基本の設定がアイルランドとかに分布している妖精の取り替え子、つまりチェンジリングのお話とほぼ同じなのである。ブリテン諸島では、子どもの様子がおかしいと妖精が子どもをさらって取り替えたのだとかいう話になるのだが、アメリカには妖精がいないので、子どもの様子がおかしいのは政府の陰謀とかになるんだな…と思って見ていた。よく考えるとピールの前作『ゲット・アウト』も、キルケーの神話や『赤ずきんちゃん』などの昔話が根底にあるのかもしれないので、ピールのホラーと民話の基層というのは考えたほうがいいかもしれない。