道化の政治歴史劇~九年劇場『リアは死んだ』(配信)

 世界シェイクスピア大会の配信でシンガポールの九年劇場による『リアは死んだ』を見た。ネルソン・チア演出で、2018年の上演である。基本的に『リア王』だが、かなりカットがあり、劇中劇だという枠に入っている。

 セットは線で区切った箱みたいなシンプルなもので、衣装は中国風だが背中のほうから止める変わったかぶり物がついていたり、ちょっとシュールである。この変わった衣装はたぶん、このお芝居は道化によるものだというコンセプトに関係している。このプロダクションは愚人協会という団体が最近の歴史上の出来事を上演するという枠に入っており、最初と途中に愚人協会の人たちとの対談がある。この愚人協会は宮廷道化師の団体であり、つまりは政府のスタッフなので、そういう団体が最近亡くなった王様のことを芝居にするのはプロパガンダなのではないか…などというけっこう厳しい質問が投げかけられるところから始まる。出演者も全員愚人協会の道化師の皆さんだということになっている。

 こういう対談などが入っていることからもわかるように、プロダクションのコンセプトは歴史叙述というものがいかに形成されていくかと、そして人間の愚かさである。なんでもこのお芝居はリー・クアンユーが没したことにヒントを得ているそうで、リア(李尔)がリー・クアンユー李光耀)であることはおそらくシンガポールのお客さんにはみんなわかるらしい。漠然と見ていても歴史というのが叙述の仕方によって変わるものだということを強調しつつシェイクスピア劇を現代に近づけているのはわかるが、たぶんシンガポールに住んでいるともっとよくわかるのだろうと思う。何しろ全員道化師が演じているというだけあって人間の愚かさを強調した演出で、全体的に非常に諷刺的で突き放したような不条理な描き方になっている。一方でかつては偉大であったと思われるリア王がすっかり老い衰えて新しい時代について行けなくなっており、それでも慕う人がいるということが強調されている。もう少し作品じたいの演出で歴史叙述などのテーマを強調してもいいと思うのだが、シンガポールの歴史に引きつける演出としては非常に野心的で鋭いものなのだろうと思う。