ホン・サンス2本立て『イントロダクション』&『あなたの顔の前に』(試写、ネタバレ注意)

 ホン・サンスの2本立て『イントロダクション』と『あなたの顔の前に』を試写で見た。『イントロダクション』が1時間強、『あなたの顔の前に』が1時間半弱である。

mimosafilms.com

 1本目『イントロダクション』は、若いヨンホ(シン・ソクホ)と周りの人の会話を3章構成で描くものである。第1章は父親(キム・ヨンホ)とのなんだかすれ違ったやりとり、第2章はドイツに留学した恋人ジュウォン(パク・ミソ)のところにいきなりヨンホが訪ねていく話、第3話は役者志望だったがあきらめたヨンホが母(チョ・ユニ)に海辺の街まで呼び出され、そこで話した有名な俳優(キ・ジュボン)に怒られ、また病気になったジュウォンに再会するという内容だ。

 全体的に会話が不穏…というか、ヨンホがとにかく不器用である。父親とはうまくいっていないみたいだし、第2章の感じからしてジュウォンともまあ別れるんだろうなーと思ったし、第3章で、俳優の前で男女が愛し合っているフリをするのは演技でも悪いことだと思う…みたいなことを言って俳優を激怒させるあたり、見ていられないくらいいたたまれない。ヨンホは恋愛とか、親しい人同士の身体的な接触とかを大事に考えているらしいのだが、一方であまりそういう理念をきちんと自分の中で消化できていない感じがする。それが演技で愛し合っているフリができないというところにつながっていくのだろうし、その繊細さはまったく悪いことではないのだが、「自分はそういうのが苦手で」でという言い方ではなく、そんなのは悪いことだ…みたいなことを、相手の反応も予測せずに役者の前で言ってしまうというのは致命的な不器用ぶりだと思う(相手はふだんから演技でそういう仕事をしていて、精神的に演技と実生活を切り分けるのを重視しているのだから、仕事にケチつけられたみたいに思って怒るに決まっている)。ヨンホのふるまいじたいは『逃げた女』のガミにちょっと似ている感じもあるのだが、たぶん年齢とかジェンダーに関する文化のせいでガミよりだいぶ成熟していない。その居心地悪い感じをそのまま提示している。

 

 『あなたの顔の前に』は、元女優のサンオク(イ・ヘヨン)が急にアメリカから韓国の家族のところに帰ってくるが、何か理由がありそうで…という話である。最後の映画監督ジェウォン(クォン・ヘヒョ)との話がヤマ場になるのだが、ここでお酒も入ったせいでいろいろ大変な情報の開示が起こる。この開示のやり方がちょっと『ザ・デッド ダブリン市民より』みたいだな…と思った(前に『逃げた女』はヴァージニア・ウルフっぽいと思ったのだが、これはどっちかというとジェイムズ・ジョイスっぽくて、ホン・サンスというのはわりとモダニズム文学的な語り口がうまい監督なのかもしれないと思う)。また、ちょっと『5時から7時までのクレオ』とか『たかが世界の終わり』などを思わせるところもある。

 両作品に共通しているところとして、ある種のお祈りで始まるというのがある。これはたぶん韓国文化とキリスト教のかかわりが関連しているのだろうな…と思う。また、病によるせっぱつまった心境というも共通したモチーフで、『逃げた女』に比べると、会話のスタイルが似ているわりにはタイトな感じがするのはそのせいかもしれない。