発想は悪くないのだが、それを活用できていない~『マダム・ウェブ』(ネタバレあり)

 『マダム・ウェブ』を見てきた。

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 ニューヨークで救急隊員をしているキャシー・ウェブ(ダコタ・ジョンソン)はシャイな性格で、救急隊の仲間以外とは付き合いもなく、ひっそり暮らしていた。ところが、とある事故をきっかけに急に直後の未来が見える特殊能力が発現する。たまたま列車に乗り合わせた3人の少女が殺される未来を見たキャシーは無理矢理3人を降ろして助けようとするが…

 全体的に、発想はけっこう悪くないのだが、きちんとその発想を活用することが全然できていない映画である。脚本がたるいし、終盤はかなり編集がとっちらかっている。孤独な救急隊員の女性が突然予知能力を得てしまい、殺人を防ごうとする…というのはやり方によっては大変面白いサスペンスになると思うし、また途中の救急車チェイスはわりと面白いと思うのだが、そのへんが全然うまく生かされていない。最初と中盤のペルーのくだりは全く要らない…というか、ヒーローオリジンものだから入れたんだろうが、むしろ流れが悪くなっているだけだし、自分が保護している未成年者をいきなり職場の仲間に預けてペルーに行くキャシーはちょっと大丈夫かという感じである。また、この職場の仲間であるベン(アダム・スコット)には臨月の義理の姉メアリ(エマ・ロバーツ)がおり、メアリが産気づいてしまって車で病院に急行するのだが、そこでこの預かっている3人の女の子を全員乗せていくのも意味がわからない。この3人は救急とか衛生について知識があるわけでもないし、赤の他人だし、もう高校生くらいなんだから家で掃除と電話番でもさせておいたほうがいいだろうに…と思う(直前までおやつを食べててすごく散らかった状態で慌てて家を出たので)。それで病院に行く車に乗ったせいで敵のエゼキエル(タハール・ラヒム)に見つかってしまうのだが、わざわざ自分から見つかりに行っているようなもんである。なお、このエゼキエルはキャシーのお母さんを殺してスパイダーマンみたいな能力を身につけたのだが、この3人の女の子に殺されるという予感があるため3名を狙っている…ものの、大の男が天井に張り付いて若い娘を狙う様子は変質者にしか見えない。

 救急車の中の装備を使ってこのスパイダー変質者と戦うところは悪くないと思うので、たぶん予知能力のある救急車ドライバーが3人の女の子を救急車に乗せ、町を爆走して逃げながら救急車にある装備を何でも使ってスパイダー変質者と戦う…みたいな90分くらいのタイトな乗り物アクションにすればよかったのではないかと思う。救急車の中には注射針とか痛み止めとか服を着るハサミとか点滴用具とか、たぶんもっと武器にできるものがあるはずだと思う。少女のひとりであるジュリア(シドニー・スウィーニー)が武道を習っており、もうひとりのマティ(セレステ・オコナー)はスケートボードが得意なので、そのへんも使って戦えばいいのだと思うのだが、全然そういう技能も生かされていない。

 あと、内容がけっこう保守的なのも気になった。序盤のペルーのオリジンのくだりはけっこうプロライフで、最近こういうの流行ってるのかな…と思う(『クワイエット・プレイス』とか『ソウルフル・ワールド』とか『死霊のはらわた ライジング』とか…)。また、3人娘が踊って男の子の気を引いていたせいでスパイダー変質者に気付かれて襲われるところは、「若い娘が色気づくと悪いことが起こる」みたいな展開で何じゃこりゃと思ったし、そもそもこの少女たちは年齢のわりには苦労人という設定なのにそんなことにも気付かないとはバカすぎでは…という気がした。最後は「子どもは大人の言うことをきかないとダメだよ!」というところに着地するので、そこもちょっと権威主義的というか、若者の主体性を無視したオチになっていると思う。

 なお、本作は市民に救急知識の重要性を訴えるプロパガンダ映画(!?)である。こんなにあからさまに心肺蘇生法が大事だ!ということを言っている映画は珍しい…というか、途中のくだりで「あ、これ最後までに誰か心肺停止するんだな」とわかってしまうくらい露骨に心肺蘇生法の話が出てくる(ここで女の子たちが感心するとこがすごくわざとらしい)。また、この映画はAEDは正しく使わないといけないとか、救急車は車道では常に優先で通さなければいけないということもアピールしている。